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私を構成する白泉社マンガベスト5

90年代「花ゆめいと」の私が影響を受けた白泉社マンガベスト5。

※『動物のお医者さん』『笑う大天使』『僕の地球を守って』など感想が多いものは外しました。
※完結済みで現在も入手可能なものを選びました。(タッジー・マッジーは新刊で入手不可能になってました。すみません)
※「花ゆめいと」は花ゆめ読者のことをさす。りぼんの読者を「りぼんっ子」と呼ぶような感じ。

So What?/わかつきめぐみ

タイムマシンの誤作動で次元が歪んだため異世界から飛ばされてきた少女をもとの世界に戻す。これだけのために集まった人々が、親交を深め、互いにかけがえのない存在になってゆくのだが、目的が達成されれば解散する運命にある。解散までの日常と、解散寸前のせつなさ、緊張感を描いた作品。

「名作なのにあらすじを書くと陳腐なものになってしまう現象」に名前が欲しい。本作がどんな雰囲気なのかといえば、花火のように、最中は楽しい時間で満たされるのに、消えるときは一瞬。一抹の淋しさが漂う物語。

月光/那州雪絵

那州雪絵は「甘いお菓子は簡単には手に入らない」ことを教えてくれた作家だ。
代表作『ここはグリーンウッド』のスカちゃんは初恋を兄に奪われ、光流先輩は孤児のため血の繋がりを求めている。その他の作品の登場人物達も喪失感を抱いていることが多い。

『月光』のヒロインの名は高野藤美。読者に同姓同名の人がいるかもしれないほど平凡な名前だ。容姿もこれといった特徴がない。家族四人暮らし。仲のいい友達がいて、毎日学校へ行く。まさに「普通の高校生」だ。

その藤美が、異世界からやってきた宮廷騎士カイトと偶然出会い恋をし、「普通」から「珍しい経験をした人」になる。
カイトは異世界に帰るが、藤美に「また来る」と約束する。

藤美はカイトを失ったが悲観せず行動に出た。いつかカイトが戻った時に彼を追いかけるための体力作りのためのランニングと、軍資金作りのためのアルバイトである。カイトと会うと事件が起こり、走ったりタクシーで移動するはめになるので、高校生にできる精一杯の対策としてこれらのことを始めたのだ。

彼女は「その時自分にできること」ができる人なのだ。

カイトは約束を守り東京に戻る。
だが、藤美を異世界の抗争に巻き込むこととなり、藤美は異世界に飛ばされてしまう。

宮廷騎士団の敵は、世界から拒絶されたと主張する者である。故郷や家族を持たず、大きな喪失感を抱えた者を前にしても、藤美は「その時自分にできること」を着実にこなしてゆく。

「どんなにすごい魔法の力が使えても使えなくても
救えるものは救えるけど 救えないものは救えないんだって」
(月光2巻Kindle版 位置No.466より引用)

これは神に等しい力を持つ存在の言葉を藤美が代弁したセリフである。

万能の誰かが救ってくれるわけではない。救いは自分で行動することで得られるということだが、10代の私は「甘いお菓子(幸せ)が欲しいなら取りに行け!」と解釈した。(食い気の10代だったのでこんな例えになった)。

異世界での冒険が終わり、エンディングはその後の藤美が描かれる。
この結末が最高で、たった数ページで彼女が何を大事にしていたかを想像できるものになっている。これまで私が読んだマンガの最終回で最高のものだ。
彼女は「その時自分ができること」をし続けて、最後にかけがえのない幸福――「甘いお菓子」を手に入れたのだ。

異世界に行った藤美は特別な人なのかといえば、そうではないと思う。
彼女は最後まで「普通の人」だった。物語を通して彼女があらわしたのは「その時自分ができること」をしていけば喪失感とつきあっていける。生きるとは、その繰り返しということだ。

完結済みで完成度が高いのでぜひアニメ化してほしい作品。

心の家路/遠藤淑子

遠藤淑子は短編の名手だ。限られたページで笑いと涙と気づきをくれる。

『心の家路』は心の柔らかいところに触れてくる作品を集めた短編集だ。
舞台も主人公もバラバラだが、共通して根底にあるのは「本人が隠していたい気持ちと向き合う」ことだ。

どの作品も好きなのだけど、クラスの変わり者だった男子との再会を描く『グッピー』の主人公グッピー(刑事)が好きで、ぱっとしない(失礼)なキャラなのにどうしてこんなに好きなんだろう? と、読み返したらわかった。グッピーは「相手を認めてくれる優しさ」を持つ人なのだ。

グッピーは淡々と本当のことしか言わない。それは「真実はいつもひとつ」と断言するのではなく、相手が心の奥に隠していることを言い当てることで解放する。
隠されていた感情がどんなものであれ彼は認めるだろう。遠藤淑子はこういった優しい男性を描くのがうまい。

タッジー・マッジー/山口美由紀

町や館といった限定された空間が舞台の物語が好きだ。
舞台が魅力的であればあるほど舞台のことをよく知りたくなるので、細やかな描写がされていると食い入るように読む。

『タッジーマッジー』は3つの秘密を持つ少女ロッテが「モーゲン」に降り立つところから始まる。この町はドイツのメルヘン街道を彷彿とさせる町で、魔女が住んでいたという伝説を持つ。

ロッテの引っ越し先はガスも水道もないボロ家。人が住めるように掃除し生活基盤を作るところから始まるのだが、古くて大きな家を好きなように使い、町にとけこむ(生活費を稼ぐ)ためハーブの店を始めるなんてワクワクしない? 自分だけの家があり、ハーブグッズ作成で生活できるなんて羨ましい。ロッテの生活は「猫のしっぽカエルの手」のベニシアさんそのもの。

モーゲンの古い家での暮らしを疑似体験しながら、ロッテの3つの謎、そして町に現れる魔女の正体を探るミステリ要素がありハラハラしっぱなし。
最後の最後までどんでん返しがあるのでストーリーに詳しく触れないが、魔女とハーブとミステリが好きならおすすめの1冊。

欲望バス/望月花梨

望月花梨は思春期の毒を描く作家だと思う。あの年代の子供ならではの未熟さからくる心の脆さ、脆いがゆえに、自分の欲望に率直で他人に容赦なく残酷になれるところを学園マンガというエンターテイメントで描く。

読むと中学生の頃は今より死に近いところにいたことを思い出す。

タイトルのオムニバス3話『欲望バス』の、「支配」に対する認識の違いや、命がけで産道から生まれ直す「再生」をテーマにした物語は凄いとしか言いようがない。主人公達がとる行動は、思春期の未熟で不安定な心からくるもので、彼ら彼女らがあと2年も成長すればもっと違った行動をとっただろうと想像できる。
ある人物の未来を予感させながらも「今」を描いている。これだけでめっちゃ凄い。コミック『鍵』を最後に引退されたそうで、もう新作が読めないのが残念すぎる。

白泉社文庫版『欲望バス』は、デビュー単行本『コナコナチョウチョウ』も収録されてる望月ワールド入門本。


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