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檀一雄邸で振る舞われた「檀流クッキング」フルコース

 檀一雄が参加した坂口安吾についての座談会が収録されているということで、古本の通販サイトで『月刊噂 昭和四十八年三月号』を購入しました。

『月刊噂』昭和四十八年三月号

 この本の、署名が無いので編集部が書いていると思われる「某月某夜」というコーナーに興味深い記述を発見しました。

 それは「檀亭のフルコース」という題の文章で、檀一雄が自宅に友人や編集者を招いて行った饗宴で出されたメニューが列挙されています。下にそれを書き出してみましょう。

①バーソー(豚肉とネギに香料を加えていためぬいたもの)

 これは檀一雄『檀流クッキング』にも掲載されている料理で、台湾の肉そぼろという感じのもの。檀曰く「出来上がったものはご飯にかけてよろしく、ジャジャメンの肉みそ同様によろしく、熱湯をかければ即席ラーメンのスープによろしく、酒のサカナによろしく、何にでも転化できる。」とのこと。僕も一度作ったことがありますが、大量のネギと挽肉をひたすら炒めて酒と醤油で味をつけるだけで出来上がるので、非常に美味しく優秀な常備菜になります。

②各地の穴子の頭と各種香料、醤(ひしお)、コンニャク、ハス等を一年間煮込んだもの

 これはなんでしょう、おそらく老舗の蒲焼のタレのように同じ鍋で具や調味料を足しつつ煮込み続けているものが檀邸にはあったんでしょうね。「具の姿はすでにほとんどなく形骸を留めているのはわずかにハスや、骨までシンネリとした穴子の頭ぐらい。」とあるので、ハス(蓮根か、それとも蓮の実か)とコンニャクに出汁を染み込ませて食べるものでしょうか。

③ダンシチュー(スネ肉の塊が豪快かつトロけるうまさ)

 ダンシチューについては檀一雄『わが百味真髄』の「ダンシチューと中村遊郭」という項で触れられています。新橋駅前の小川軒にはタンシチューとオックステールシチューがあるのですが、「舌の、均分な肉質のうまみも一口ほしいし、シッポの、骨にからみつく、ねばっこいうまみも一口ほしい」と迷う檀にご主人が「タンとテールを半々にしましょうか?」と提案してくれ、いつしかご主人によって「ダンシチュー」と名づけられたそうです。しかし、この記事を読むとスネ肉と書かれているだけでタンやテールに言及していませんから、檀が作ったシチューということでダンシチューと書いているだけかもしれません。

④ブリと大根のあら煮(朝鮮産の岩塩による味つけ)

 いわゆるブリ大根かと思いきや塩味のようです。珍しいですね。さらに檀はこの時「そこに干してある朝鮮産のエイの干物をノコで挽いて入れてみましょうよ。岩塩の不純物と調和していい味になるかもよ」と言っていたそうです。僕は朝鮮のエイの干物自体食べたことがないのでどんな味になるか想像もできませんが、料理上手の檀が言うのだから美味しくなるのかもしれませんね。

⑤オデン(檀家独持のモチ入り大ブクロが圧巻)

 今では餅巾着は定番のオデンダネですが、この頃には一般的じゃなかったんでしょうか。それとも餅だけじゃなく他にも具材を入れた大きな巾着をでも作っていたのでしょうか。

⑥朝鮮風焼豚(朝鮮風にしては薄味で、日本人の口にもよく合う)

 朝鮮風焼豚というのはどういうものなんでしょうね。『檀流クッキング』に登場するトンポーロ(豚の角煮)でしょうか。それとも花椒や八角の香りを効かせたいわゆる焼豚、叉焼でしょうか。

⑦心平がゆ

 これはメニューとして紹介されてはいませんが、囲炉裏の脇のストーブで煮られていて、夜食用だと書かれています。この宴の参加者の夜食でしょうか。それとも宴が終わった後に檀がひとりで楽しむための夜食でしょうか。「心平がゆ」も『檀流クッキング』で紹介されています。詩人の草野心平が作る粥で、コップ一杯の米にコップ一杯の胡麻油、コップ十五杯の水を入れてトロ火で二時間ほど炊き上げ、最後にほんの少しの塩で味をつけるそうです。

 檀一雄に触れた文章ではよく檀が料理を振る舞ったり、酒宴を開く話が出てくるのですが、出された料理を細かく列挙した文章は初めて見ました。こうしてみると、『檀流クッキング』では紹介されていないような実験的な料理や名前の付かないような料理も沢山作られていたようですね。

 檀は買い出しが好きで、市場に並ぶ食材を見ながらあれを作ろうこれを作ろうと考えていったそうですから、各国の名前のあるような料理とは別に、それらを組み合わせたり食材を変えてみたりして、その場で考えた料理も無限に作り出されていたんでしょう。決して叶わない願いですが、僕も檀亭の饗応に一度あずかってみたかったものです。せめて『檀流クッキング』片手に、自分で作るしかないですね。

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