現代語訳「玉水物語」(その十二)

 その後、玉水は参内《さんだい》する際の喧騒《けんそう》に紛れ、牛車に乗ると言い残したまま、いずこともなく姿を消した。
 宰相《さいしょう》は一門の供として場を離れたと思い、他の人々は、玉水が「このところいつも気分が悪い」と嘆いていたのを知っていたので、里に戻ったのだろうと思い込んだ。
 姫君は突然の行方不明を嘆き、「いったい何があったのか」と玉水の身の上を案じた。しかし、二日、三日と過ぎても、どこにいるという話もなく、里に人を遣わして確認してもまったく行方がつかめない。
「そうは言っても、誰か知っているはずだし、そのうちにどこかから帰ってくるかもしれない」
 姫君は辛抱強く待ち続けたが、五日、十日と経《た》っても一向に状況は変わらなかった。
「ひょっとして、どこかで亡くなってしまったのだろうか。それとも、何者かが誘拐したのだろうか」
 不安に苛《さいな》まれる姫君は、晴れがましい参内を喜んでいるように振る舞いながらも、その心中はいつも気が気ではなかった。
 他の女房たちも嘆き合い、「この度の慶事《けいじ》はすべて玉水のおかげだったのに」と悲しんだ。

 それから程なく、高柳宰相《さいしょう》は中納言に昇進した。玉水のことはいつも人々の間で評判で、「このように名誉なことがあったというのに、本当にどうしてしまったのだ」と嘆いた。
 姫君は箱の中が気になっていたものの、帝がいつもそばにいたために開けることができぬまま日々を過ごした。

 ある日、帝が太政《だいじょう》官庁に出掛けて不在の折に、姫君は「今なら大丈夫だろう」と密かに箱を持ち出して開けてみたところ、一部始終を記した巻子本《かんすぼん》が収められていた。
 これはいったい何事かと胸騒ぎしながら文面に目を通す姫君は、その意外な内容に驚きつつも哀れに思った。
「わたしのために化けていたことを最後まで言わないでいたのは、獣なのに何と健気《けなげ》なことでしょう。世でも評判の誠意を尽くしてくれたのに、姿を消さなければならなかったのが不憫でなりません。玉水は滅多《めった》にない美しい心の持ち主だったのですね」
 在りし日を思い出し、涙ぐみながら読み進めると、巻物の最後に長歌《ちょうか》が書き付けてあった。
(続く)

【 原文 】 http://www.j-texts.com/chusei/tama.html


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