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「雇止め」のコストと意義ー雇用通算期間8年間の有期契約労働者に対する雇止めが認められた事例ー【国立大学法人東北大学(雇止め)事件・仙台地裁令和4年6月27日判決・労働判例1270号14頁】

予め雇用期間が定められている労働契約を有期労働契約といいます。
有期労働契約では、雇用期間が満了した時点で労働契約が終了するのが原則ですが、実際には期間満了後も引き続き同じ仕事を任させるということも珍しくありません。
そのような状況がある程度続くと、労働者側としてはその企業に長期間就労して収入が得られるという期待を抱くことになります。
それにもかかわらず、有期労働契約だからといって簡単に契約更新を拒絶できることにすると、労働者の生活設計が崩れてしまいます。
そのため、労働契約法19条2号は、労働者に対し、契約更新に対する「合理的期待」がある場合に、同一条件での有期労働契約の更新を請求する権利を与えています。

それでは、労契法19条2号の「合理的期待」はどのような場面で認められるか?
もっというと、使用者側はこの「合理的期待」を否定するためにどのような対応をすることが求められるか?

今回は、そのような使用者側の対応のあり方が問われた事例として国立大学法人東北大学(雇止め)事件(仙台地裁令和4年6月27日判決・労働判例1270号14頁)を取り上げます。

どんな事件だったか

本事件は、被告法人の設置する大学院に勤務していた原告が、被告法人との間の有期労働契約の更新を拒絶されたことから、被告法人に対して労働契約法19条2号に基づく有期労働契約が更新されたなどと主張して、被告法人に対する労働者としての地位と未払賃金の請求をした事案です。
これに対し、被告法人側は原告に労契法19条2号が要件とする、有期契約継続のための合理的な期待がないと主張しました(実際には労契法19条1号も争点になっておりますが、割愛します。)。
裁判所は原告側の請求を棄却しました。

裁判所が認定した事実

裁判所が認定した事実は以下のとおりです。

  • 平成18年4月1日、原告、被告法人との間で初めての有期労働契約を締結(時間給)。

  • 平成30年3月31日、原告、被告法人から雇止めされる。

  • 上記の間、原告、「教育研究支援」「技術補佐員」「事務補佐員」としてインターネットの保守や書類の印刷・製本、機材の貸出し業務などに従事。この間、時間給は最大2271円だったが雇止時の契約では1210円となる。

  • 被告法人の就業規則には「業務遂行上必要があると認めるときは、一事業年度を超えない範囲で雇用期間を定め、労働契約を更新することができるものとする。」、「本学における2以上の期間の定めのある労働契約の期間を通算した期間(以下「通算契約期間」という。)・・・の上限は、原則として5年・・・以内とし、その期間は個別の労働契約において定める」との規定(この規定を「上限条項」とします。)。

  • この就業規則の前には、「業務遂行上必要があると認めるときは、3年を超えない範囲内で、かつ、一事業年度を超えない範囲で雇用期間を定め、雇用を更新することができる」、「前項の規定にかかわらず、職務の特殊性等により、総長が特に必要があると認めるときは、3年を超えて雇用期間を定め、更新することができるものとする」との規定(この規定を「旧規定」とします。)

  • 被告法人では、契約期間の満了前に、原告における更新の希望の確認、研究科の研究室委員会での承認、研究科長に対する任用依頼及び研究科長による承認がされ、原告に対しては労働条件通知書の交付ないし労働条件通知書(兼同意書)への署名といった手続を経て有期労働契約が締結されていた。

裁判所の判断

裁判所は以下の理由を述べて原告の請求を棄却しました。

  • 労働契約法19条2号の「合理的期待」は、雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などの客観的事実を総合的に考慮して判断される

  • 原告の業務は、性質上、被告法人の基幹的業務ではない。そして、原告は各契約に従い、異なる業務に従事していたから、原告に対する雇用に常用性があると評価することはできない

  • 原告の労働契約の更新回数は6回、雇用の通算期間は合計で8年間である。しかし、契約期間中に時間給が減額されているところ、減額とあわせて労働時間も減り、社会保険等にも加入していない。そのため、更新回数や通算期間のみを重視することは相当ではない。

  • 被告法人内では契約期間管理は厳格に行われていたものと評価できる。

  • 被告法人には、旧規定が3年を超えた更新があり得ることを認めている。しかし、実際に3年を超えて更新された職員は28.3%であり、辞職者が一定数いることを踏まえても上限を超えた雇用契約の締結が常態化していたとはいえない。

  • 旧規定から上限規定への就業規則の変更は、通算の契約期間を原則として5年以内とするものであるから、労働条件の不利益変更になり得る。しかし、原告は旧規定でも有期契約更新に対する合理的な期待はなかった。そのため、就業規則の変更の有効性を論ずる必要はない。

判決に対するコメント

率直に言って、こうも使用者側で対策をされていると判決を覆すのは簡単ではなさそうだと感じました。

今回の裁判所は、有期労働契約の更新に対する「合理的期待」の有無の判断要素として、①雇用の臨時性・常用性、②更新回数・雇用の通算期間、③契約期間管理の状況、④雇用継続の期待をもたせる使用者の言動を挙げています。この判断要素自体はスタンダードなもので妥当だと考えられます。

その上で、裁判所は①の臨時性・常用性について、原告の業務内容が被告法人の基幹的業務ではなかったことを挙げています。
この点、確かにその企業の基幹的業務・本来業務を臨時的・非常用的な労働者に任せるということは考えにくいです。
しかしながら、そこから基幹的業務・本来業務でなければ臨時的・非常用的というわけではありません。いわゆる雑務でも、その企業内でその業務に従事している者がその労働者だけ(あるいは、固定された少数の労働者だけ)という事情があれば、臨時性・常用性が肯定される余地は十分あると思われます。
ただ、今回の事例では原告に任せる業務内容が契約期間ごとに時給とともに変更されていました。
この事情が、裁判所にとって、本件の労働契約を「原則として期間満了で終了するけれども、被告法人側が了承すれば更新することもある」程度の弱い拘束力の契約であったと評価させることにつながったように映ります。

また、今回の裁判所は③の契約期間管理の状況についてもかなり重視をしているようです。
すなわち、本件の被告法人については、有期労働契約を締結するに当たり、「研究室」と「研究科長」の二重の承認を必要とし、さらに、労働者に対しては労働条件通知書の内容を更新ごとに交付したり、署名を取得したりしていたことが認定されています。
この点、この「承認」が果たしてどれほどの密度をもって審議されたのかは不透明ですが、多少機械的ではあっても、これらの複数のプロセスを実際に経ていること自体が「契約期間の満了=労働契約は終了」との取扱いを補強する要素になったように思われます。

②の更新回数・雇用の通算期間が合計6回・計8年という期間は、原告側からすればかなりの長期にわたるもので、更新に対する合理的期待を強める事情になるはずです。
特に、いわゆる雑務でありながら長期にわたり同一人物に同じ業務を任せているという事情があるのであれば、使用者側としては敢えて業務上の必要があってその者にその雑務を任せているということになるわけなので、臨時的・非常用的とはいいにくくなるでしょう。
ただ、今回は既に述べた①と③の事情で、予め原告側の更新に対する期待を低める対応を施していたので、裁判所もこの要素はあまり重要視しなかったと思われます。

以上から、「これだけ長期間にわたって雇っていながら、無期転換阻止のために雇止めされたことに納得いかない」という原告の心情は至極まっとうではあるものの、いざ裁判所を説得しようとするとそれは簡単ではないなという感想をもちました。

最後に

以上、国立大学法人東北大学(雇止め)事件を取り上げました。

先にも触れましたが、本件は雇止めを有効にするために就業規則を改定したり、契約更新時の手続に複数のプロセスを介入させたり、原告に与える業務を変更させたりといったあれこれの対応をしています。

逆に言うと、このくらいの対応をしないと「合理的期待」は否定しきれないという危機意識が被告法人の対応からは見て取れます。

実際には今回の事例ほど就業規則や更新手続のプロセスを制度化しているケースはむしろ少数であろうことから、労契法19条2号による「合理的期待」が認められ、契約更新が可能となるケースは多いと思われます。

本事例は、使用者側にとっては有効な雇止めをするために必要となる準備事項を示すと同時に、労働者側にも雇止め事案での攻撃ポイントを示した大変勉強になる裁判例といえます。

それにしても、雇止めという「不安定雇用」のために「煩瑣な手続」、「労働者側からの反感」、「長期にわたる裁判闘争」といった犠牲とコストを必要とする有期労働契約が、果たして企業側にとってどれほどの価値があるものなのか・・・改めて振り返る必要もあるようにも感じた次第です。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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