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「管理本部経理部長」は管理監督者ではないとされた事例【国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件・東京地裁令和4年4月13日判決】

労働基準法32条は原則1日8時間・週40時間という労働時間の上限規制を設けており、また、同35条は使用者に対し最低でも週1回の割合による休日を労働者に保障するよう命じています。

もっとも、「管理監督者」に当たる労働者については、これらの労働時間や休日規制の適用がないとされています(労働基準法41条2号)。
そのため、管理監督者に対しては深夜割増を除く割増賃金を支払う必要がありません。
そこで、「管理職」を「管理監督者」とイコールで扱い、残業代を支給していないという企業が多く見られます。

しかしながら、管理監督者の適用範囲は世間一般で考えられているよりも大幅に狭く、実際に訴訟になった場合に管理監督者性が認められるケースは非常に少ないです。

今回は、そのような管理監督者の認定の厳しさが示された事件として東京地裁令和4年4月13日判決・(国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件)を紹介いたします。

どのような事案だったか?

本件は、アイグランホールディングス(本件会社)にて勤務していた原告労働者が、業務上の事由によって適応障害を発症したとして労働基準監督署長宛に労災保険(休業補償給付)の支給を申請したところ、給付自体は認められたものの、原告が管理監督者に該当することを理由に時間外及び休日の割増賃金相当額を給付基礎日額に算入しなかったことから、その処分の取り消しを求めた事件です。
裁判所は原告の請求を認容し、処分を取り消しました。

裁判所が認定した事実

裁判所が認定した事実の概要は次のとおりです。

前提事実

  • 平成28年8月4日、原告、本件会社に入社。管理本部経理部長として財務会計、税務、予算作成に関する業務等に従事する。

  • 本件会社はいわゆる持ち株会社であり、子会社2社から委託を受けて両者の総務、財務、経理の業務を行っている。

  • 平成29年3月20日当時、本件会社には取締役会、管理本部の下に経営企画部、経理部、総務部、認可売上げ担当が設置され、経理部の下に経理課と管理課が設けられていた。原告は、経理部長として経理課及び管理課の社員8名の上司であった。

  • 平成29年3月20日、原告、不安等の症状が生じ、同月28日、適応障害と診断される。

  • 平成30年2月21日、原告、それまでの休業期間に対する休業補償給付の支給を申請する。これに対し、労基署長は、原告が管理監督者に該当するとの判断を前提とした給付基礎日額の算定を行い、同年3月23日、休業補償給付を支給する決定を行う。

原告の地位と権限について

  •  原告は経理部長として、自ら経理事務を行うとともに、部下の業務についても成果物の確認や進捗管理を行っていた。もっとも、独自に最終判断の権限を有していたのは仕訳のみであり、その他の事項については管理本部長の確認や指示を受けていた。

  • 原告は、入社当初、子会社の預金及び現金管理状況に問題意識を抱いた。しかし、独自に予算を使う権限がないことから、既存の現金出納帳システムを改良することで対応した。

  • 平成28年12月及び同29年3月、原告は経営会議に出席した。同会議では、各部門の業績や運営状況が報告されたが、経営上の方針が決定されることはなく、その終了後に引き続き開催された取締役会に出席するのは取締役と管理本部長のみだった。

  • 平成28年12月、本件会社グループは毎年恒例の経営方針発表会を開催し、原告はその際に経理部を代表して所管業務について次期の業務取組み方針を発表した。

出退勤の状況について

  • 本件会社の就業規則では、労働時間は午前8時45分から午後5時30分までと定められていたが、午前8時以前の出勤が励行されており、原告も午前8時45分までに日報の報告、朝礼の準備、清掃等を行っていた。

  • 当時の経理部における業務量は多かったが、社長が午後8時までに退勤するよう指示されていたため、退勤時刻は他の経理部の職員と同様、概ね午後8時頃になることが多かった。

  • 原告の出退勤は、他の従業員と同様、出勤簿に出退勤時刻を入力することで管理されていた。そして、原告のものを含む出勤簿は、管理本部長の決裁を受け、これに基づき総務部において給与計算等が行われていた。

  • 原告は、平成28年10月14日に病気のため欠勤したが、総務部において事後的に9月22日の休日出勤に対する代休に振り返られたことにより欠勤控除されることはなかった。

待遇について

  • 本件会社における原告の賃金は基本給24万円、役職手当26万円、管理手当4万円、住宅手当18万円の計72万円であった。

  • 原告は採用時に年俸制を希望したが、本件会社側より難色を示された。そこで、他の従業員と同様の手当の形式をとりつつ、前職と同等の給与水準を維持するため、上記の内訳となった(原告の実際の住居費は6万3500円であった。)。

  • 原告以外の本件会社における月給制従業員の賃金月額は、管理本部長で94万円(全て基本給)、担当部長で55万円(基本給24万円、役職手当27万円、管理手当4万円)、部長で54万円(基本給24万円、役職手当26万円、管理手当4万円)であった。

裁判所の判断

上記の事実関係において、裁判所は以下のとおり述べて原告の管理監督者性を否認しました。

労働基準法41条2号の解釈について

  • 労基法41条2号の管理監督者とは、「労務管理について経営者と一体的な立場にある労働者をいい、具体的には、当該労働者が労働時間規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務や権限を担い、責任を負っているか否か、労働時間に関する裁量を有するか否か、賃金等の面において、上記のような管理監督者のあり方にふさわしい待遇がされているか否かという三点を中心に、労働実態等を含む諸事情を総合考慮して判断すべきである」

  • ここでいう「経営者と一体的な立場とは、あくまで労務管理に関してであって、使用者の経営方針や経営上の決定に関与していることは必須ではなく、当該労働者が担当する組織の範囲において、経営者が有する労務管理の権限を経営者に代わって同権限を所掌、分掌している実態がある旨をいうことに留意すべきであり、その際には、使用者の規模、全従業員数と当該労働者の部下従業員数、当該労働者の組織規程上の業務と担当していた実際の業務の内容、労務管理上与えられた権限とその行使の実態等の事情を考慮するとともに、所掌、分掌している実態があることの裏付けとして、労働時間管理の有無、程度と賃金等の待遇をも併せて考慮するのが相当」である

職務内容、責任及び権限について

  • 原告は、「従業員総数20名の本件会社において、8名の部下を有する地位にあったものの、労務管理に関しては、その出退勤の事実確認をするのみで、割増賃金の支給等の決定権限は何ら有していなかった

  • 「部下の人事考課については、原告は・・・何ら関与したことがない」

  • 「労務管理以外の面においても、原告の所掌事務は、上場を控える本件会社において重要性が高まっていたとはいえ、独自の権限を有していたのは、経理事務のうち仕訳に関する点のみ」である。

  • その他の所掌事務は、「原告が在籍中に行ったシステムの改変等を含め、上司に当たるB本部長や、C社長の指揮監督下において行われ、経営会議や経営方針発表会においても、単に所掌事務の状況と今後の方針をC社長以下の経営陣に報告していたに過ぎない

  • 以上から、原告について「経営者と一体とはなって労働時間規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務や権限を担っていたと評価することは困難である」

労働時間や出退勤の裁量について

  • 「原告は、他の従業員と同様、就業規則による労働時間の規律に服し、出勤簿による勤怠管理を受け、所定の始業時刻以前に出勤して業務を開始し、所定の終業時刻前に早退したのは1回のみで、残業についてもC社長の指示により午後8時までに制限されていた」

  • 「原告が病欠した平成28年10月14日を事後的に代休とした取扱いは、同日が欠勤控除の対象であることを前提とする事務処理と解される」

  • 以上から、「原告には、労働時間や出退勤に関し、労基法による労働時間規制の対象外としても保護に欠けないといえるような裁量はなかったと評価するのが相当である」

賃金等の待遇について

  • 原告の給与月額(72万円)はB本部長(94万円)に次ぐ高額であったものの、「これは分掌する権限や裁量の広さに対応するものではなく、本件会社が東京に居住する原告を引き抜くため、前職と同水準の報酬を要求する原告の希望に沿うよう、給与規定に定めのない住居手当の名目で上乗せをした結果」に過ぎない

  • 「基本給(24万円)及び管理手当(4万円)は主任以上の他の役職者と同額、役職手当(26万円)も他の部長及び担当部長と同程度であった」ので、引抜き目的の上乗せであった月額18万円の住居手当を除くと「原告の給与月額は54万円にとどま〔る〕

  • 以上から、原告の待遇が「労基法による労働時間規制の対象外としても保護に欠けないといえる待遇と評価することは困難」である。

判決に対するコメント

結論は賛成、理由もほぼ賛成します。

今回の判決は、管理監督者の該当性の判断基準につき、①職務に対する権限と責任、②労働時間に対する裁量、③賃金等の待遇の三要素を就労実態に沿って判断する旨を示しています。

この判断基準自体は、管理監督者性を判断する際の一般的な基準ではありますが、本判決では、このうちの①の要素について、職務権限については「労務管理について経営者と一体的な立場」にあれば足り、「使用者の経営方針や経営上の決定に関与していること」は必須の要素ではないことを指摘した点が参考になります。

すなわち、管理監督者性の判断基準の代表例としてよく挙げられる日本マクドナルド事件(東京地裁平成20年1月28日判決)は、この①の要素に「企業全体の事業経営に関する重要事項」に参画することまで求めていました。
そして、「企業全体の事業経営に関する重要事項」に参画するといえるためには、例えば、取締役会に代表される経営会議に参画して経営方針や経営戦略について取締役らと協議するレベルで企業の経営に深く関与する必要があることになりかねません。

しかし、そこまでの地位のある管理職はもはや事実上の「取締役兼使用人」というべきであって、そうなると管理監督者として認められる管理職などほとんど皆無となります。
何よりも、そこまでの地位と権限まで必要とすることは「管理監督者」という文言からも離れていると言われても仕方のない部分があります。

そのため、①の要素につき「労務管理について経営者と一体的な立場」という部分を強調しているのは、管理監督者の定義を再認識するきっかけになるものとして参考になると感じました。

また、今回の判決は、①の再定義の上で、「経営者と一体的な立場」の評価の判断要素として

  • 使用者の規模

  • 全従業員数と当該労働者の部下従業員数

  • 当該労働者の組織規程上の業務

  • 実際の業務の内容

  • 労務管理上与えられた権限とその行使の実態等

を挙げた点は、今後の管理監督者性を検討する上の基準として活用できそうです。

他方で、②の労働時間に対する裁量と③賃金等の待遇面についての判断には若干の異論もあり得るのかもしれないとも感じました。

まず、②の労働時間に対する裁量の問題について、今回の判決では、原告が社長からの午後8時までの退勤指示を遵守していたことを裁量がなかったことの理由として挙げています。

しかし、管理監督者も過労による健康被害防止のために行われる面接指導(労働安全衛生法66条の8)の対象に該当するところ、使用者は当該面接指導の実施の要否を判断するために管理監督者の労働時間を把握する義務があります。

のみならず、使用者が、管理監督者の過労状態を把握しておきながら、その状態の解消のために必要な措置(例えば退勤指示・命令)を出さなかったために労働災害を発生させた場合には、安全配慮義務(労働契約法5条参照)に違反するものとして損害賠償の責任をも負う可能性があります。

そうすると、使用者は、管理監督者に対しても、実際に過労の危険が生じている場合には、健康被害防止のために退勤の指示・命令を出すことができるというべきであるため、当該指示・命令があったことは管理監督者性の判断から除外すべきであったと考えます。

もっとも、②については、管理本部長による出勤簿の最終的な決裁が求められたり、欠勤控除を前提とした給与計算の処理がされていたりした点から、労働時間に対する裁量はなかったという結論は支持できます。

次に、③の待遇面の問題について、今回の判決は月額18万円の住宅手当に関しては原告の引抜き目的の上積みであることを理由に考慮から除外するものとしています。

しかし、本件の原告は、他社でも経理分野に長けた上級管理職で勤務していたところを、同程度の待遇を条件にヘッド・ハンティングで引き抜かれたもので、その結果、他の一般の管理職とは明確に差が生じる待遇が特別に保障されていました。
そのため、③の待遇面の問題については、素直に管理監督者にふさわしい水準の待遇があったと認めてもよかったようにも思います。

もっとも、本件では管理監督者を肯定するに足りる①職務に対する地位と権限及び②労働時間に対する裁量が認められない以上、原告の管理監督者性を否定するという裁判所の結論自体は支持できました。

最後に

以上、管理監督者性について問題となった近時の事例として東京地裁令和4年4月13日判決・(国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件)を紹介しました。

管理監督者については、「管理職の定額働かせ放題」制度と勘違いされていることが多いため、長時間のサービス残業が横行しがちです。
しかし、物理的に長時間のサービス残業が発生していると働き方に対する自己決定権がないということでむしろ管理監督者性を否定されるリスクが高くなります。
その場合、その管理職に対してはベースとなる賃金が高いこと、残業時間が長いことが合わさって非常に高額の残業代を精算しなければならなくなります。

先にも触れたことですが、企業には管理監督者に対しても過労による健康被害防止のための労働時間把握義務が課されています。
そのため、管理監督者性が認められるか否かにかかわらず、使用者は労働者の労働時間を把握し、長時間労働があればその削減に向けた取組みをする必要があります。

今回の裁判例から、残業代を削減する裏道的なルートは存在しないこと、最大の残業代削減方法は、そもそも残業を発生させないことにあることを理解していただければと思います。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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