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水の空の物語 第3章 第17話

 眉間にしわを寄せ、飛雨は岩の上に寝転がっていた。

 ずっと黙り込んで、宙を睨んている。怖くて、風花の顔まで引きつってきた。

 その彼が、急にぴくっと眉を動かした。

 勢いよく起きあがり、岩から岩へと跳ねていく。

 見ると、飛雨の向かっている方向で、大気が光を放っていた。

 光は縦の線を描き、やがてカーテンのように空間が開く。その向こうには野原が見えた。

 飛雨がいった通りの桃色の風景だった。

 空間から、誰かが出てくる。夏澄だった。

「夏澄ーっっ!」
 飛雨が悲鳴のような声をあげた。

 夏澄に駆け寄り、ぽんぽんと肩や腕を叩いて、夏澄のつま先から頭まで確認する。

「平気だろうとは思っていたけど、心配したぞっ。だいじょうぶか? 怪我とかしてないか? 嫌なことはなかったかっ?」

 ありがとう、だいじょうぶと、夏澄は瞳を細める。

「飛雨たちはだいじょうぶ? 探したよね。ごめん。もっと早く出てくればよかったよね」

「夏澄がわるいんじゃないだろ」

「風花にも心配かけたよね。ごめん。春ヶ原の精霊たちに、風花たちは信頼できるって説明してたんだ」

 夏澄は微笑む。その瞳に、光が差し込みきらめいた。

 夏澄の後ろには、青年が立っていた。

 長めのきれいな髪の、貴族みたいに優雅な青年だ。

 さっきの飛雨の話と特徴が同じだ。
 夏澄たちを春ヶ原に招いたた精霊だろう。

 彼は、やがて深々と頭を下げた。

「先程は大変失礼いたしました。お二方への非礼、心からお詫び申し上げます」

 飛雨は、そんな青年を横目で見る。

 ひと睨みした後、ふん、といって顔を背けた。 

 だが飛雨は、夏澄の戸惑った瞳に気づき、あわてて笑顔をつくる。

「……別に気にしてないし」

「本当に申し訳ございません。……では、こちらへ。私は柑実の精霊、優月ゆうげつと申します。春ヶ原をご案内いたします」

 優月に続き、飛雨が光のカーテンの向こうに消える。

 風花は緊張で足が動かず、立ち尽くしていた。

「風花……」

 夏澄が手を差し出してきた。風花は、右手を彼の手のひらに乗せる。
 夏澄に引かれて歩を進め、光の中をくぐった。

 まぶしくて、思わず目を閉じる。

 ゆっくりとまぶたを開けると、眼下に一面の桃色の野原が広がっていた。



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