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水の空の物語 第3章 第16話

 風花は、山頂の岩場を歩きまわっていた。

 岩影を覗いても、木の周りを探しても、どこにも夏澄とスーフィアはいない。元々、見晴らしのいい山頂に隠れるような場所はない。

 風が乾いた葉を揺らす。冷たい風が吹き抜けていく。どこか殺風景な山頂はやけに広く感じる。

 風花の不安は募った。

 夏澄たちの身は安全だと飛雨はいうが、やはり心配だ。

「ねえ、飛雨くん……」

 風花と違い、飛雨は落ち着いている。岩の上であぐらをかき、木々を眺めていた。

 ただ、額に青筋が浮いていた。
 また怒りのオーラを放っている。

「あいつ、だだじゃ済まさねー」
 飛雨は押し殺した声をあげた。

 あいつとは、春ヶ原の精霊の青年のことだ。

 あいつという形容詞は似合わない、立ち居振る舞いの優雅な、とてもきれいな顔立ちの精霊らしい。

 飛雨の話では、夏澄とスーフィアはその青年に、春ヶ原に招待されたらしい。

 そして、風花たちはされなかった。

 だから今、夏澄とスーフィアだけいない。夏澄たちだけ、結界を越えて春ヶ原にいるのだ。

 きっと、人は春ヶ原に出入り禁止なのだろう。


 人は精霊たちに厭われているのだ。



 風花はそれも仕方ないと諦めていたが、飛雨は違った。扱いのわるさに、事実誤認だ、オレは水の精霊の眷属だ、と喚いていた。

 スーフィアがこっそり話してくれたが、飛雨は水の精霊の一族に入ったわけでも、もちろん水の精霊になったわけでもない。

 霊力の色が水色になったり、体質が精霊に似たりと、少しずつ自分を精霊に近づけているだけだ。

 だが、もちろん、精霊のように霊体にはなれない。これからだって、それだけは無理だろう。

 ただ、話は合わせてやって欲しいと、スーフィアは手を合わせた。

 雨粒が落ちてきた時、風花は雨をまともに目に受けたが、飛雨は避けた。

 目くらましされなかった飛雨は、夏澄たちの前の空間が縦に割れて、カーテンのように開くのを見たそうだ。

 カーテンの空間の向こうは、一面に桃色の花が咲く野原だった。

 割れた空間の際には青年の精霊が立っていた。

 夏澄たちに一礼し、中へと招く。

 夏澄たちが足を踏み入れると、つながっていた空間は消えたと、飛雨はいっていた。



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