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物語の書き方の本質


 僕は小説を書いているので、他の人から小説の書き方を訊かれることが多い。
 
 貴様に教えることなどなにもない、と弟子を取らない主義の大家のように質問者を追いやることはできるのだが、人間社会に生きる才能のない身なので、「へい、なんでござんしょう」と訊かれたことには素直に答える。
 だが、いつも答えることに窮している。窮しながらも、なんとか答えている。とりあえず最低限のルール(段落一個開けろ、とか…は二つだぞ)や物語構成・キャラ造形の軽いテクニック(ギャップをつくれーとか)とかは言えるのだけれど、あとはもう「ひたすら書け!」というスパルタ根性論のような回答しかできなくなってしまう。

 というのも、「小説ってどう書いたらいいんですか?」という質問者は「文章をそもそも書いていない」人が大半なのだ。これは、回答者側からしたら非常に答えにくい。言うならば、短距離走を走りたがっている人が「わたし、走りたいんですけど、どうすればいいですか?」とコーチに訊いているようなものだ。まず、その走り姿を見て回答者はあーだこーだと言えるのであって、見てもいないフォームの走り方について言うことはできない。        

「走ることは誰でもできるけど、物語を書くことは誰にでもできない。だから、物語を書く術を知りたい」という言い分は理解できる。レポートや作文と物語は別物だという理由も、分からなくはない。しかし、「レポートと物語の違い」というのは「ただダッシュするだけと陸上トラック短距離100m」との違いでしかない。誰でも走ったことがあるように、文章だってこれまでの人生で書いた経験があるはずだ。その経験値を用いて、「まず書いてみる」ことがなにより重要なのだ。

 内容? 知らんがな。べつになんでもいい。なんでもいいのが、小説の強みである。今日会った友だちの人物紹介とか、電車で寝てる人の鼾がうるさかったとか、バイト先の客がジジババばっかでつまんないとか、なんでもいいのだ。「これじゃ、日記じゃないか」って? 日記で結構。そもそも、日記でさえすべてがすべてノンフィクションっていうわけじゃないでしょう? ノンフィクションに近しい文章から書き始めてみて、書いていくうちに少しずつ「フィクション」という水溶液をなじませながら、やがてフィクションの濃度が高い日記が完成する。それこそが、巷でいう「物語」というやつだ。

 あらゆる物語は、日常の延長線上に存在すると僕は思っている。ガンダムは、ロボットを軸にしながら普遍的な人間の脆さや可笑しさを描いているし、異世界転生だって退屈で惨めな日常という前提条件から他者に、賞賛・尊敬されウハウハになる主人公を描いている。あなたの普遍的な人生から少しずつ妄想という「フィクション」を継ぎ足していって、「物語」に昇華できればいいと思っている。

 参考までに、僕が創作をするときは、僕自身の内面に潜む「負のエネルギー」を湧きあがらせてストーリーを考えることが多い。とくに純文学的な小説ではこれを前面に押し出した物語を書いている。エンターテイメント系の小説では、少し抑え気味に。

 ただ、これは僕が物語の創作をはじめたときからそうだったわけではない。例えば、昔「史上最年少で就任した女性捜査一課長と、受験を控えた卑屈な男子学生の魂が入れ替わってしまう」という物語をつくったのだが、これは当時視聴した『民王』というドラマがとても面白く、この『民王』みたいな物語が書きたいという創作意欲が身体の穴という穴から噴き出してきてアイデアを考えた作品だった。
 『民王』は「総理大臣とそのバカ息子が入れ替わってしまう」という作品なのだが、僕の場合は刑事物が好きだったこともあり、主人公に警視庁の捜査一課長をキャラとして用意した。「史上最年少の捜査一課長」というのは『慟哭』という小説から取ったものだ。男子学生は、『氷菓』の折木奉太郎のやさぐれているけど切れ者という設定から拝借した。そうやって、自分が影響を受けてきた作品から少しずつ断片を集めながら物語を組み立てていった。

 いまは、どちらかというと、「世間への不満や自己批判」をエネルギーにして書くことが多い。「なぜ、彼らはこんなことをやっているのだろう」という疑問とそれを冷笑しながら描く。もちろん、ストレートな不満への批判をぶつけたらただの論説文なので、とても抽象的な物語で提供されるが、解釈は読者の判断に委ね、「分析したい人は分析してね。ま、分析しなくても楽しめるけど笑」といった具合に。
 これは抽象的な文章を書けて創作の枠組みが広がったとポジティブに捉えられる判明、読者丸投げ小説を書いてしまうところが反省すべきところだった。だから、最近は昔のエンタメ的姿勢もちょっとずつまた生かすようにはしている。

 されど文章、されど物語。必要な道具はキーボードと脳みそだけ。こんな自由になんにでもなれるコンテンツは他にはないと思うし、少しでも興味を持ってくれた人には僕も全力でアドバイスをしたい。だからこそ、頑張って最初の一文を書き出してほしいと僕は思う。そこからのルート案内は、いくらでもするので。

 

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