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ライブハウスのモスコミュール

甘いお酒をあまり飲まなくなってから久しいけれど、ライブハウスでドリンクを引き換えるためにカウンターに行くと、つい「モスコミュールで」と言ってしまう。ビールでも、ジントニックでもなく。

一番ライブハウスに通っていたのは、大学生の頃だ。卒業するまで東京の西の端っこの実家住まいだったから、オールナイトのクラブイベントは行くことを許されず、終電までに帰れるライブが、音楽を最も間近で感じられる場所だった。CD屋でアルバイトしたお金をそのままCDとライブに注ぎ込むという、音楽漬けのエコシステムの中にいた。

友達とも、兄とも、当時好きだった人とも、そして1人でもいろんなアーティストを観に行って、それぞれに思い出があるのだけど、今でもよく覚えているのが、初めて1人で、ドリンクカウンターでお酒を頼んだときのことだ。

恵比寿リキッドルームだったと思う。1人で来ていたのか、先に入って誰かを待っていたのかは記憶にないけれど、とにかくわたしは1人でカウンターの前に立ち、引き換え用のコインを置き、「モスコミュールで」と言った。ウォッカが氷の入ったプラカップに注がれ、瓶のジンジャーエールがそのあとを追いかける。マドラーで素早くひと混ぜして、無表情の店員がカップを差し出す。

人の埋まりきっていない会場で、セッティング中のステージを眺めながら、モスコミュールを少しずつ、ゆっくりと飲み込む。その時ふと、大人になったんだな、と思った。もちろん、それまでに何度もお酒を飲んでいたし、既にビールも飲めたはずだけれど、1人で、ライブハウスで、アーティストを待ちながら飲んでいるということが、望まずも過保護に育てられた当時のわたしにとって、小さな自立であり、誇りだった。

これが他のお酒ではなく、モスコミュールだったから、長い間記憶に残り続けているような気がする。なぜか懐かしいジンジャーエールの甘さと辛さと、まだ飲み慣れなかったウォッカの味。子どもと大人の間を行ったり来たりしていた20歳そこそこの気分を、ちょうど体現していたのだろうなと、今になって思う。

就職して家を出て、クラブやフェスにも自由に行けるようになって、昔ほど頻繁にライブハウスに行かなくなった。ここ数年は、フェスでビールを飲むことが年中行事になっていたけれど、たまに誘われてライブハウスに行くと、約束したかのようにモスコミュールを飲んでいる。大人になったということを、何度も確かめるみたいに。

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