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[曲からチャレンジ]broken sunset

一人で泊まっている海辺のホテル。今日は平日だからかガランとしている。

あの時は二人で泊まったホテル。なのに、今日は私一人だけ。

ビーチに出て、砂浜の上を歩いてみる。夕日で海が赤く染まっている。しばらく眺めていたら、しだいに黒の割合が増えてきた。満月が見える。星も見える。あの日も、一緒に眺めた景色。

ホテルに戻ってきた。

食事は、どうしよう。あまりお腹は空いていない。けれど、後でお腹が空くのは困る。ラウンジで軽く済まそう。そして、少しお酒を飲んでみよう。

すっかり暗くなった海を眺めながら、食事をして軽く飲んでいた。海を見ていたら、あの日の事がついさっきの出来事のように思える。


陽が落ちる前、私は手を振りながら彼めがけて走った。彼は走ってきた私を抱き止めてくれた。彼の胸に顔をうずめた私は、こんな日がずっと続くと思っていた。幸せと喜びに満ちた日々が。

翌日、海辺の道を走っていた。開けた窓からは、潮の香りのする風が入ってきて心地良かった。彼のご自慢のクーペからは夏の曲が流れてくる。車の速度に合わせて、周りの景色も流れていく。この日も夕日がきれいだった。とても大きな夕日が、車内の私達を照らしていく。

途中の展望所の駐車場に車を止めると、彼はカーステレオの電源を切った。エンジンの音だけが聞こえる車内。彼がふいに口を開いた。

「俺と別れて欲しいんだ。」

突然の事に、私の頭は真っ白になる。

「好きな人ができたんだ。ごめん。」

彼の言葉が理解できなかった。いったい、どういう事なのか。黙ったままの私に、もう一度彼が言う。

「もう、君を愛せないんだ。ごめん。」

離れたくない、別れたくない、頭の中に言葉は浮かぶけれど、口に出す事ができなかった。

どう行動するのが正解なのかも分からなかった。

昨日の事はなんだったの?たった1日で気持ちが離れるというの?みんな、今までの事は嘘だったというの?

正直、その後どうやって帰ったか覚えていない。彼が家まで送ってくれたのだとは思う。その日から、私は彼と会わなくなった。何度か連絡しようとしたけれど、発信ボタンや送信ボタンを押す事ができなかった。ボタンを押してしまえば、何か変わるかもしれない。それでも、ボタンを押せずにスマホを見つめる日々が続いていた。


彼が好きだったビールを飲みながら、そんな事を思い出していた。

「あれ、ももちゃん?久しぶりだね。」

声を掛けてきたのは、彼の友人だった。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

彼の友人は、私の前に座るとハイボールを注文した。なんでも、今日は仕事でこちらに来ていて、この海辺のホテルに泊まる事になったそうだ。

「あいつね、ももちゃんと別れてから荒れちゃって大変だったんだ。」

いったい、どういう事なんだろう。彼は他に好きな人ができたから別れたのではなかったのか。

「あの人、好きな人ができたからって。」

「ああ、あれね。あいつの嘘。あいつ、まだ一人でいるよ。」

「いったい、どういう事なんですか?」

私の問いに、彼の友人は困った顔をしながら口を開いた。

「ももちゃんの親御さん、あいつとの事を反対してただろ?だからだよ。」

私の両親は彼を良く思っていなかった。そのためだった。

彼はよく「君をさらって、どこか遠くに行きたい」と冗談混じりで言っていた。私は冗談だと思っていたけど、あれは本気の言葉だったんだ。

ごめんなさい。ごめんなさい。あなたの本気の言葉に気付けなかった。

一人部屋に戻った私は、彼を思って泣いた。

彼を見ていたのに、彼の本当の気持ちに気付けなかった。

本気の言葉を私は受け止める事ができなかった。

両親の保護の下から抜け出して、彼を信じて彼の胸に飛び込む事ができなかった。

彼にひどい事をし続けたのは、私だ。

押し寄せる波のように、彼への様々な思いや二人の思い出が次々と浮かんでは消えていった。


翌日、彼と最後に走った海辺の道を通った。私の車は、あのクーペではないけれど、あの時と同じ夏の曲をかけた。開けた窓からは、あの時と同じ潮の香りがした。夕日が私一人を照らしている。あの展望所の前を通った時、私はちらりと横目で見て、真っすぐ前を向いてアクセルを踏み込んだ。

ごめんなさい、さようなら。そして、ありがとうとつぶやきながら。

流れる景色の中で、もうこれでみんな終わったんだとそう思った。


菊池桃子 broken sunset


この記事は、ピリカさんの企画「曲からチャレンジ!」に参加しています♪









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