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#42|人間はしぶとい。しぶとさを信じ、今日も生きる。

「人間の適応力」は大したものだと思う。

コロナによって、社会構造と生活様式が大きく変わらざるを得なかった2020年。はじめは戸惑いストレスを感じていた「常時マスク着用」も、いつの間にか習慣になった。密を避けざるを得ない状況を逆手に取ったイベントも、多数開催されているらしい。

なんだかんだ言って、人間は「ちゃっかり」生きていく。地球の長い歴史の中で人類だけが他の種を圧倒する発展を遂げてきたのも、ちゃっかり適応する力のおかげだろう。

ひと一人の人生を見てもそうだ。

生まれてから死ぬまで、適応していかないといけないことは雨後の筍のごとく現れる。

何もわからない乳児期。
正解までいかに効率的に辿り着くかを重視される、学校期。
社会に出ると手のひらを返したように「自分の頭で考えろ」。
子育てターンに入ると、また正解のない手探り期…

まあ、苦労もあったけれど、
なんだかんだで乗り越えてきた。

人間というのは、強くしぶとい生き物だなあと
自分も人間ながら、しみじみ感じる。

レジリエンス」という言葉を耳にするようになって久しい。

和訳では「立ち直る力」。元々は鋼の弾性を表す工学用語だったが、転じて人が落ち込んだ状態からうまく回復するまでの心の過程についても用いられている。


似た概念でもう一つ、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を知った。

文字通り、ネガティブな状態を受け止め続けられるキャパシティという意味で用いられるようだ。

「ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability 負の能力もしくは陰性能力)とは、『どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力』をさします。
 あるいは、『性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力』をさします」

-『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』|精神科医・帚木蓬生

「ネガティブ・ケイパビリティ」を、比治山大学・七木田方美先生はリンゴの木に喩えてこう解説する。

リンゴの木は、重くたわわな実を自身の枝を大きくしならせることで、収穫の時までじっと抱える。風が吹いても、嵐が来ても。困難にじっと耐え続けるリンゴの木のような力こそが「ネガティブ・ケイパビリティ」。

そして収穫が終わり、たわんだ枝をもとに戻そうとする力が「レジリエンス」。困難から立ち直る力。

そしてこれらの力は、人生の様々な経験を通じて身につけ、育んでいけるのだという。

※詳しくはを。A4、4枚

言われてみれば子育ては「大きな喜びの反面、どうにもならない試練の連続」だ。それでも親は、子どもが生まれた瞬間から、小さな命を守るべく必死になって「なんとかしようとする」。

時にどうにもならないこともある。
ストレスが、親のキャパシティを越えそうになることもしょっちゅうだ。

そんな時に力を発揮するのが「ネガティブ・ケイパビリティ」。先の見えない不安や困難に、じっと耐える力。

「明けない夜はない」と言われるように、いつかは困難も終わる。子どももいつか大きくなる。今苦労していることも、いつか終わる日がくる。
その時まで耐える力。

忙しい現代、
私たちは、拙速に答えやゴールを求めたくなる。

ところが、自分の力ではどうにもならないこともある。社会全体の問題、相手がいる問題、子育て…。

先の見通しが立たず不確実性の高い状況というのは、どうもスッキリはしない。

しかし人間には「ネガティブ・ケイパビリティ」という耐える力が備わっている。その力を信じ、答えを急がず、ただ佇み本質を待つ。

そんな解決策もあると、知っておくことは損にはならないと思う。


今日はそんなところです。


一緒に楽しみながら高め合える方と沢山繋がりたいと思っています!もしよろしければ感想をコメントしていただけると、とっても嬉しいです。それだけで十分です!コメントには必ずお返事します。