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【音楽と読む小説】ーいろはにほへとー【新選組/夢想小説】

まず初めに。


こちらの音楽を聴きながら小説を読んで頂くと、より小説の世界に深く繋がることが出来ます。
是非ループ再生オンして聞いて頂けると嬉しいです。

ご準備はよろしいでしょうか。


では。
新選組が発足する前のお話。
ようこそ試衛館道場へ。





秋風香る時節。

試衛館道場の前庭には色づいた葉が
ふさふさと土を覆っていた。

風が一つ、葉を震わせて
戸が開けられていた道場に吹き込む。
竹刀がぶつかり合う音と男たちの威勢の良い声が
乾いた風に熱気を帯びさせて過ぎ去って行く。

その時一際大きな声が道場に響き渡る。
「今日はこれで仕舞いだ」
すると門弟たちは「有難う御座いました」と
それまた一際大きく大合唱が道場に木霊した。

さらさらと静かに囁く葉音と
昼下がりの陽を浴びて、道場の縁側で
火照った身体を倒している。
少し冷たさを含んだ風が心地良い。

床が軋む音がすぐ側でしたかと思うと
横には近藤勇が座っていた。
倒していた身体をすぐ起こし
「近藤先生」と呼んだ。

「そんなに改まる必要ない。総司」

そう呼ばれた沖田総司は尚も
少し強張った表情で勇の眼を見やる。

「今度四代目を襲名されると聞きました」

そんな頑なな表情をした総司の
汗ばんだ頭をぐしゃぐしゃと撫でる勇の手は
大きく硬く、そして温かい。

「いつになるかわからん話しだ。それに
だからといってお前にまで態度を変えられては
居た堪れなくなるではないか」

「な」と総司の顔を覗き込む勇。
手はまだ総司の頭を撫でたまま。

「もう私は子供ではないのですよ」

僅かに頬を膨らませて言うと
勇は一瞬何のことかと不思議そうな顔をしたが
やがて総司の言葉の意を呑んだのか
頭の上に置いていた手を退かした。

「いやー…あの頃はこの手にも収まっていたものだが」

そう言いながら退かした手の平を見る勇。

「…そうか、総司はもう子供ではないか…」

勇と総司の間をすり抜ける風。
木々を揺らし、はらりと勇の手のひらに舞い降りる。
顔を上げるとそこには太陽の熱を浴びて紅く熟した葉が
凛として木々から生やしていた。

「…総司。酒を持って来い」

「近藤先生、酒は飲めないんじゃ」

「いいから、持って来い」

ふうと一息ついて総司は縁側から立ち上がり台所へ向かう。
勇の後方から「昼間から酔いつぶれても知りませんからね」という
総司の声がするのを聞き、少し笑いながら紅葉の木を眺めた。



変わらず紅葉の木はその身を揺らし
音を奏で、時には一枚一枚と空を舞いながら
土を覆い隠しその世界を紅や黄に染めていた。

手元には一つの酒瓶と三つの盃。

総司を挟んで、両隣には勇と…そして土方歳三が座っていた。

「どうして歳、お前が此処に居る」

勇と歳三は齢が一つしか違わない事もあってか
歳三が天然理心流に入門してから然程年月は経っていないにも関わらず勇は歳三の事を「歳」と。
歳三は勇の事を公然では「近藤さん」だったが
二人きりの時は勇の幼名である勝五郎を取って「勝ちゃん」と呼んでいた。

「台所で土方さんと会ったんですよ」

総司はにこやかに歳三を見て答える。

「総司が昼間から酒を持ち出すとは、近藤さんしかないと思ってな」

「それに」と付け加えて歳三は手前に置いてあった盃を持ち
眼の前に悠然とある紅葉の木々を見つめる。

「こんなにも美しい紅葉を観賞しながら酒を飲むなんて乙な事、二人だけとは勿体無い」

ふと口の端を上げて盃を傾ける。
先程から少量の酒しか飲んでいない歳三だが
もう既に些か頬が朱色に染まっている。

その間にもはらはらと紅や黄に色づいた葉たちは
風に揺られ音を立てながら眼前を優雅に舞い落ちていく。

「ふむ。本当の所、総司と二人だけで楽しみたかったものだが…」

くくと隣で歳三が可笑しそうに笑う声を聞きながら
総司は勇の盃に酒を酌む。

「どうだ、酒は」

手の平で揺らして遊んでいた盃をぴたりと止めて
まだ揺れる水面を眺めて総司は答えた。

「茶の方が…。未だ慣れませんね」

そう勇の顔を見てはにかむ総司の顔には未だあどけなさが残る。

「其の内だ、其の内」

と歳三の声がしたかと思うと、彼は庭に出でて
落ち葉を拾いひらひらと手の平で遊ばせていた。

「歳もそこまで強くはないだろう」

「近藤さんに言われたくない」

にこにこと二人の会話を聞きながら
総司は盃を一気に傾け飲み干す。
それを見ていた勇は眼をまん丸に開き

「慣れないとは本当の事か?」

問われた総司はにこりとしたまま答えず
ただ酒瓶を取り盃に酒を酌むだけだった。

「侮れんな」

含んだ笑いをしながら歳三はいつの間にか
目前に大きな落ち葉の布団を作っていた。
不意に彼はそこに腰を下ろすとふわりと彼の身体が浮いた。

見上げると紅や黄の世界しか無かった。

珠に風に吹かれ、涼しげな音を鳴らし
またちらちらと視界を遮って行く。

側でがさっと大きく何かが倒れる音がした。
歳三は驚いて横を見やると、眼を瞑り落ち葉の布団に
横になり気持ち良さ気に笑顔を浮かべた総司が居た。

それを認めるとまた歳三は目上に広がる世界に視線を移した。

「なあ、勝ちゃん」

暫く見上げていた歳三は、その目に秋の色を映したまま勇に声を掛ける。

「俺は武士になる」

飲めない酒を呑みながら二人の様子を見ていた勇は
少し表情を頑なとして歳三の言葉を聞く。

「勝ちゃんに憧れて此処に入門したが、未だ武士には遠い」

ちらちらと散り行く紅の葉。

「だが…もうすぐ期は熟す。其の時は、勝ちゃん」

一際強い風が吹く。
かさかさかさと大きく葉は揺られ一枚、二枚と舞い散る。
鋭く手を伸ばした其の手の中には一枚の紅い葉が握られていた。

「一緒に武士に成ろう」
其の言葉を聞き遂げると、勇はゆっくりと縁側から立ち
ふさふさと重ねられた紅葉の布団に腰を下ろした。
横に肩を並べ頭上には秋の世界が広がり
日々の修練場である道場が二人の目線の先に在った。

「私は攘夷を成し遂げたいのだ」

低く呟くように出した言葉だったが
それに纏う熱気が勇の決意を示していた。

「尽忠報国に身を賭す事が何よりも望み。
それを成す為には武士に成る他無い」

端整な顔の眉間に皺を寄らせながら真剣に聞く歳三を横目で認めると
ふっと息を抜き、上に広がる世界に視界を埋めた。

「俺が」

ん、と勇は歳三に目線をやった。
先程掴んだ熱く熟した葉を勇の前に伸ばし、歳三は続けた。

「其の時は俺が支えてやる。勝ちゃんは前だけを見て居れば良い」

伸ばされた葉を勇は手に取り、眩しい程の紅さを前に少し眼を細めて
ふと笑窪を作り愛嬌のある表情を歳三に見せた。

「其れは頼もしい」

「私だけ置いてけ堀ですか」

「総司、お前寝ていたんじゃないのか」

歳三の側で横たわっていた総司はいつの間にか
起き上がり彼らと同じ目線になって居た。

「何時私が寝ていると言いました?」

「寝ている奴が”寝ている”と言う訳が無いだろう」

「其れは寝ているふりと言うんですよ」

「…聞いていたのか」

「ええ、それは勿論」

「…喰え無い奴だ」

「土方さんを喰いたくありません、不味そうですし」

終始笑顔で交わす総司と、眉間に皺を寄せながらも
口角に内心を表す歳三の会話は何時もこんな調子だった。

「兄弟みたいだな」

そんな二人を見ていた勇はそう呟くと
歳三は更に眉間に皺を寄せ「何処が」と聞く。

「良いじゃないか、歳は末っ子だろう」

「こんな生意気な弟、要りませんよ」

「私は…」

と総司は口走りはするもふっと笑って
紅葉の木を見上げた。

「綺麗ですね」

その言動に不思議そうに見ていたが
やがて二人とも同じく紅葉の木を視線をやった。

再び静寂な時間が訪れる。
唯在るのは、陽の光を浴びて悠々と其の世界を彩る紅や黄であり
時々として風に揺られ、葉を擦っては音を鳴らし
はらはらと其れ又悠然と眼下に落ちて行く。

どれ位、そうして居ただろう。

時を忘れる程に、三人は其の世界に入り浸って居た。

「色は匂へど 散りぬるを」

ふと歳三が声を発した。
視線は上方のままで。

「我が世誰そ 常ならむ」

「「有為の奥山 今日越えて」」

またぽつりと歳三が続けた言葉に
重なる声が在った。
歳三はその主を見やると勇の眼は
ずっと秋の色を映していた。

すると歳三も再び同じ世界を眼に入れて
二人は続ける。

「「浅き夢見じ 酔いもせず」」

そう詠い終わると、どちらからともなく
くくと笑い出した。

理解できないという風で見ていた総司が
「何ですかそれ」と聞くと歳三が答えた。

「いろは歌だよ、いろは歌」

「意味は?」

「さあな」

「意味分からず詠ってたんですか?」

そう聞くと歳三は優しい笑みを零し
自分の膝の上に落ちた綺麗に彩った紅葉を
総司の顰め面の前にそっと差し出した。

「まあ唯…」

受け取りながらも「唯…何ですか?」と聞き返す。

「紅葉狩りは良いものだという事だ」

誤魔化す歳三に、総司と勇は笑い
先程渡された紅葉の葉脈を総司はそっと撫でながら告げた。

「私は…わかりません」

「俺も分からないと」

「尊皇攘夷だとか、尽忠報国とか」

其の事かと二人は先程の朗らかな表情に
少し真剣の気が混じる。

「実感が持てないんです。朝廷の為、幕府の為とは言えども
何だか自分の身とは程遠い国の話ではないかと」

二人は静かに彼の言葉を聞く。
総司は唯真っ直ぐに道場を見つめ語り続けた。

「私は近藤先生が偉才だと褒めて下さるこの剣術を生かしたいそう願って止まず
唯それだけの為に武士になりたいと…けれど近藤先生が、土方さんが
尽忠報国の想いを成し遂げる為に動くのなら、私は自らの剣術を持ってして守ります」

もう一度手元に有る紅い葉を見つめて
ゆっくりと告げる。

「私の力、仲間を守る為に使いたい」

風が頬を撫でる様に去っていくと
勇が大いに笑い出していた。

「私には頼もしい尽力者が二人も居る、何と嬉しい事だ」

「本当に生意気な奴だ」

歳三も目尻を下げて微笑んでいた。
ふと勇は立ち上がり総司の目の前で
腰を屈ませて肩を力強く握り

「頼んだぞ」

そう告げると総司は満面に喜び

「はい!」

と勢い良く返事をした。

其の時一陣の風が吹き荒れて、紅や黄が舞い踊り
彼らの笑い声も吹く風に攫われて遂には
蒼い空に吸い込まれて行く。

何処までも蒼く、何処までも広い空に。



2011年アメブロで書いた物の転載です。

2011年頃は、絶賛、新選組に沼っていた時期で。
実際、京都の屯所に行ったり。
池田屋跡地にある居酒屋に行ったり。

推しは土方歳三さんでした。笑

冒頭で記載させて頂いた「uttara-kuru」さんの音楽もよく聞いていました。
テレビで使用されていた事もあるので聞いた事がある人は多いかもしれませんね。

私にとって、音楽と物語は密接な関係があり。
想像の世界へ誘ってくれる「風」みたいな存在です。

みなさんもそんな「風」を感じて頂ければ幸いです。


小説自体は2011年の時のまま、改変もしておりませんので、
拙い文章ではありますが、この幕末の時代が好きだった私の情熱は伝わるのかもしれません。笑


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