【小説】異世界に来てしまった中年男性の悲劇(5)
「日本って!? 日本国の、ことですか?」
亘に向けられた、青ざめた2人の顔。妖怪でも見るような顔をして、身を乗り出した。
「えっ!? あ、はい? ここ、日本じゃないんですか?」
よほど奇異な現象だったのだろうか、2人は顔を見合わせ、暗黙の了解を交わし合ったところ、駅員が席を立った。
警察の人の方が席に残り、亘の外見、身なりを見渡した。
「まあ、落ち着きましょう。ここにはあなたの敵はいませんからねぇ。先ず、落ち着きましょう。珈琲でも飲みますかい?」
何を恐れているのか? 落ち着かないのは彼の方だ。
2人の様子を見て、亘の中である仮説が立てられた。(おそらく、この世界で日本というのは、少なくともこの地域では、日本とは異色な何かなのだろう。既に滅びてある国だ、とか、はるか古代の伝説云々とか……。)
「ここは日本ではないんですね? なんていう世界……いや、国なんですか? 見る限り全部日本語で、言葉も日本語で通じていますけど……」
警察の人は黙りこくってしまった。
話してはいけない相手と話してしまったように、または災難が過ぎ去るのを待つように。
亘も気まずくなり、正直に話すしかないと覚悟を決めた。嘘みたいな話が、どう転ぶか。
「あの……確かに私は日本から来ましたけど、多分、皆様の知っている日本とは違う日本だとおもいますよ。私、ここは異世界だと思っています。酔っ払って電車に乗って、眠ったら、知らない場所にいたんです。そういや、ここ、故郷の岩手県に似てるんです。なんというか、ここは盛岡駅に似てますよね? 我更生からここまでの車窓から景色を見ていましたけど、そっくりです。その、私の故郷に……」
その話を聞いた警察の人は、グッと滲む涙を堪えるように「ああ」と声を漏らした。
「そうですかぁ。故郷が恋しくなって、脱国して来られたんですね? 岩手県とは、昔の名残りではないですか。なんともはや、ああ……」
「重松さん、油断してはいけませんよ。なんたって相手は日本人ですから」
「おお、危ねえ危ねえ、そうだった、相手は日本人だものな。でも、岩手県って響きがよ、なんか懐かしくてよ……」
おかしい、と亘は思った。ここが自分達の世界でいう岩手県なら、自分と縁がないわけでもない。だがしかし、俺は中央総武線乗車中にこの異世界に迷い込んだのだ。例え別世界だとしても、東京でなければいけない筈だ。これでは戻れたとしても盛岡か? それとも……いや、戻れさえすれば、それはどこだっていい。例え外国でも。異世界よりは安心できる。とにかく戻りたい。ここがどんな世界か興味もあるが、日々の生活には変えられない。
しばらくして物々しい顔つきをした制服姿の男女数名(正確には6名)が室内に入り込んできた。内2名は拳銃を構え、警戒体制万全だ。
「奥北(おうほく)軍令部直属の特殊機関『第十一師団』だ。貴様にはスパイ容疑がかけられている。よって貴様の身柄を拘束する」
軍の連中は慣れた手つきで亘に目隠しをし、拳銃を突きつけたまま室外に連れ出した。そして、解読できない暗号だらけの会話を続けながら、外まで連れ出し、そこからは車に乗せた。
どこへ、向かうとも知れない車の中で、亘は口を開いた。
「……あの、一つだけ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」と、亘の両側に座る女性軍人と男性軍人の声が重なって聞こえた。
「その……今日は、いつ、ですか? 暦とか、季節とか、日にち、とか……」
「なぜだ? なぜ、そんな事を訊く?」
亘に拳銃を突きつける右隣の男性軍人が、警戒した声で尋ねた。
「……分からないからです。本当に」
「日本では、いつ、なんだ?」
男性軍人は亘を恐れているのか、随分と強めの口調で問う。
「令和5年……西暦では2023年の4月です。私は4日に千葉県から東京の自宅に帰る途中、酔っ払って眠ってしまったんです。目が覚めたら、おかしな電車に乗っていて、慌てて降りたら、そこが我更生駅でした」
「西暦2023年?」
亘の左隣に座る女性軍人は、少し考えたあと、亘の質問に答えた。
「……こちらでは、西暦1991年の4月12日だ」
続く
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