見出し画像

そして再びレッスン室へ

5月の検査結果で、ステージⅣの癌が縮小していることがわかった父。
いっぺんに元気が出てきて、食欲もアップしました。
ただしここで気を緩めるわけにはいきません。抗がん剤の副作用は自覚できない血小板や好中球の減少が主で、転んで出血しても血が止まりにくい、ちょっとした細菌やウイルスに感染しても重症化しやすいなどの恐れがあるそうです。
2週に一度の抗がん剤治療の日は、受けるとなると1日仕事ですが、血液検査の結果によっては薬の量を減らしたりお休みすることもあり、その匙加減は主治医の先生の判断に委ねられます。

画像1

通院治療は2週に一度、病院で3時間ほど数種類の点滴を受け、1種類の薬をCVポート(鎖骨下に手術で付けた点滴用の装置)から点滴したまま帰宅します。二日後の決められた時間に、自宅で点滴を抜く処置をして終了します。

今のところ自覚症状のある副作用はほぼ無く、本人は元気になったことを実感するため体を動かしたいのか、自転車に乗ったり、ゴルフの練習に行きたがったりするほどに。ただ、このご時世もあって無理はできないので、まずはお散歩からです。


7月のCT検査ではさらに癌がほとんど見えないほどに縮小していました。
高齢の患者の中にも年間何名かいるそうです。手術適応外で抗がん剤治療のみにもかかわらず、気付いたら5年以上通院していて経過良好、というケースの人が。
こうなったら何とか父もそうでありますように、と祈るばかりです。
受けている抗がん剤の効きが良いこと。これは運が良かっただけではなく、主治医の先生の診断によるところが大きく、そこは感謝してもしきれません。代替医療に関する質問など、ちょっと訊きにくいことにもハッキリと答えていただき、コミュニケーションが取れる雰囲気であること、そうして父本人が主治医を心から信頼できることは何よりも有り難いことです。
このまま、慢性疾患の一つとして生涯付き合っていくことには間違いありませんが、1日でも長く「普通の生活」を享受できるなら、これほど嬉しいことはないのです。

そうこうしているうちに、長雨の続いた7月ももう終わり。
食事療法の方も大分慣れてきて、父も他の家族も「野菜中心」「薄味生活」がすっかり普通となりました。たまに市販のお惣菜を口にすると、かなり濃いと感じるほどに。
私自身は今後の仕事の準備に追われるようになって、徐々にキッチンにいる時間が短く、レッスン室で過ごすことが多くなってきました。どうしても父の通院に付き添ったり、会議や打ち合わせで外出する時には、母に食事の準備を頼むことになりますが、どうも母自身たまにキッチンに立つと活き活きとするようです。
いったん政権交代をして完全に私仕様のキッチンにした手前、元に戻すつもりはありませんが、そこはやはり親子。状況に応じて臨機応変にお願いをしなければなりません。でなければ、私自身が倒れてしまうので。

ただ、この数ヶ月間、癌という病を通していろいろ心境に変化がありました。
諸行無常…というと大袈裟ですが、どんな状況も必ず変化していくことは止められず、いつかは家族とも別れが来ること、これはどう足掻いても避けられません。
だからこそ、今こうして一緒に食卓を囲めること、喧嘩もするけれどとりあえずそこにいるのが当たり前の日常が、当たり前ではないことを確認できて良かったと、心から思います。いつまで続くのかは誰にもわかりませんが、この何でもない時間は私自身はもちろん、いずれ娘にとっても思い出になり、糧となるのだろうか…そんなふうに思いを巡らす今日この頃です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?