Miyuki Maruyama

クラシックのピアニスト/高校卒業と同時に渡欧→ウィーン国立音楽大学ピアノ科卒業→大学院…

Miyuki Maruyama

クラシックのピアニスト/高校卒業と同時に渡欧→ウィーン国立音楽大学ピアノ科卒業→大学院修士課程修了→帰国→子育てしながら演奏活動→現在富山在住

最近の記事

父の遺品より

①夏の甲子園への思い 高校2年夏の大会は10日前にベースの釘を踏んで足の甲に肉離れを起こし、調整不足のまま試合に突入したことが不運な結果を招き、1回戦0:6で敗退してしまった。伝統校が1回戦で敗退するという悔しさをバネに何とかしたい、頑張らねばと心に期す。  高校3年になって県内の有力校は若狭、敦賀、福井商、我が武生高は3~4番手である。  夏の前哨戦である春季知事杯の県大会において準々決勝で若狭高と対戦した。腰の調子が悪く試合前のピッチングも体を温める程度にして試合に臨んだ

    • 父を看取って

      諸行無常…というと大袈裟ですが、どんな状況も必ず変化していくことは止められず、いつかは家族とも別れが来ること、これはどう足掻いても避けられません。 だからこそ、今こうして一緒に食卓を囲めること、喧嘩もするけれどとりあえずそこにいるのが当たり前の日常が、当たり前ではないことを確認できて良かったと、心から思います。いつまで続くのかは誰にもわかりませんが、この何でもない時間は私自身はもちろん、いずれ娘にとっても思い出になり、糧となるのだろうか…そんなふうに思いを巡らす今日この頃です

      • そして再びレッスン室へ

        5月の検査結果で、ステージⅣの癌が縮小していることがわかった父。 いっぺんに元気が出てきて、食欲もアップしました。 ただしここで気を緩めるわけにはいきません。抗がん剤の副作用は自覚できない血小板や好中球の減少が主で、転んで出血しても血が止まりにくい、ちょっとした細菌やウイルスに感染しても重症化しやすいなどの恐れがあるそうです。 2週に一度の抗がん剤治療の日は、受けるとなると1日仕事ですが、血液検査の結果によっては薬の量を減らしたりお休みすることもあり、その匙加減は主治医の先生

        • 最初の検査結果

          父の在宅での闘病生活が始まって1ヶ月ちょっと、私自身もキッチンに立つことが軌道に乗り始めた5月の最初の週に、治療効果を見るためのCT検査がありました。 入院中に最初の抗がん剤を腕からの点滴で受け、その後鎖骨下にCVポートを作って退院後も2週間毎に通院しての抗がん剤治療。一度だけ、白血球が減少して休みましたが、食欲も少しずつ戻り、パッと見た感じは悪くなってないと思うけれど…。 なんと、驚くほど癌が縮小していました。 肝臓の転移部分がわかりやすいからと、発覚した直後の3月の画

        父の遺品より

          私の居場所は完全にレッスン室からキッチンへ

          身体はちゃんと年相応父の胃がんがステージⅣの状態で発見されたことから、 「自分と同じ思いを私にさせたくないなら、ちゃんと検査して」 と娘に言われ、受けてきました。 初めての胃カメラ検査。 嫌で嫌で仕方なかったけれど、終わってみればこんなものかと。 麻酔で喉がちょっとだけヒリヒリするくらいで痛くも痒くもありません。もちろんあまり気分の良いものではありませんが。 結果は、ポリープが2つ見つかりました。 良性なので大丈夫とのことですが、胃の中が少々荒れていて、毎年検査するようにと

          私の居場所は完全にレッスン室からキッチンへ

          食事療法スタート

          味覚改善父が退院したその日から、私の食事療法が始まりました。 胃がんの原因はピロリ菌と言われますが、長年の食生活や生活習慣も無関係ではないでしょう。 我が家は基本的に和食中心で、母も料理は得意な方。 家庭での食事内容が悪かったとは思えませんが、何と言っても父は昭和から平成の時代を生きてきたサラリーマンです。現役時は接待に会食に忙しくて、胃腸への負担が長年続いていた可能性は否めません。 孫が生まれると同時にタバコはすっぱりやめ、お酒もそれまでよりは少なくなりました。 ただし外食

          食事療法スタート

          入院→治療開始

          10日間の入院我が家から病院までは高速を使って30分。下道だと1時間弱かかります。 決して近いわけではないのに、父の入院中、結局なんだかんだで一日1、2回は通っていました。 世話係の命を受けた責任感というものでしょうか。 他の家族は、いたって平静でした。 頼まれたもの以外に、勝手に体に良さそうな野菜ジュースなどを作って持っていく私に、当時休校中で家にいた娘は「また行くの?」と毎回呆れ顔。 でも心配なのはもちろんのこと、やっぱりどこかで認められなかったんです。親が老いていき、い

          入院→治療開始

          病気のカミングアウト

          診断結果2020年3月9日、父の精密検査をするため、紹介状を手に大学病院へ向かいました。 着いてビックリ。まず駐車場がいっぱいです。 両親を入り口で降ろし、車を遠くに停めてやっと入れた病院内も「こんなに朝早いのに、何でもうこれほど多くの人がいるの⁈」と、互いに顔を見合わせるほど、ロビーは人でごった返していました。 大学病院にまず軽症者は来ないはずです。世の中に一体どれだけ多くの病があるのかと、しみじみ感じ入りました。 待合室には座れる場所がなかったので、一階のカフェに移動し

          病気のカミングアウト

          父の病発覚

          いつかは向き合う親の老や病、その時がこのコロナ禍と同時に来てしまいました。 社会状況が変化し、演奏家としてのアイデンティティに悩みながらも、今自分が向き合うべき家族の健康に関して、治療経過と共に記録していきます。 青天の霹靂2020年3月6日、私の転機は突如訪れました。 同居する77歳の父が、珍しく胃の不調を訴えるので、夫が勤務する病院に連れて行った時のことです。 胃カメラ検査をした医師としばらく話をした後に、こわばった表情で出てきた夫が私に告げたのは、 「かなり

          父の病発覚

          まずはじめにピアニストとして自己紹介

          こんにちは。 ピアニストの丸山美由紀です。 といっても、全国に名前が知られているわけではないので、簡単に自己紹介をします。 生まれは富山県。 地元の普通科高校を卒業と同時にいきなり音楽の都ウィーンに留学しました。(その経緯は長くなるのでいずれまた…) それまでピアノのレッスンはプライベートで良い先生についていましたが、学問としての音楽の基礎はウィーンの大学で初めて勉強し始めました。 最初はドイツ語がまったく分からず、授業ではたくさん恥ずかしい思いもしましたが、その経験のおか

          まずはじめにピアニストとして自己紹介