窮地の旅人  ネパール ポカラ

旅のとちゅう縁あって、チベット難民居住区にあるお宅へお昼に招かれたことがある。イーラさんというネパール人女性で、大変快活なお母さんだ。太陽のような笑顔をして、二人の子どもたちを叱るさまは反面鬼のように怖かった。それ以上に子どもたちのわんぱくぶりは怪獣並みだったのだが。

旦那さんがチベット人であるイーラさん一家のお宅は、簡素な難民居住施設といえども小さなキッチンや居間、庭まで付いた居心地の良い家だった。彼女と子どもたち兄妹と私の四人で輪になって床に座り、カレーかけごはんを盛った皿を並べていただく。まだ不器用な子どもたちが食べ散らかしたごはん粒を庭から入ってきた鶏がつついたりしている。そんなものを見ながら昼食後のんびりしていると、近所のチベット人のおばあさんが静かに入ってきた。
一瞬、私がここにいてはまずいかな、と身構える。さすがに予期せぬよそ者、しかも中華系にも見える外国人の私といきなり対面だとびっくりさせるだろうと思ったからだ。ところがおばあさんは、驚くどころか私をまるでここにずっといる住人でもあるかのように、当たり前にそばのソファーに腰かけ、静かな口調でイーラさんとわずかに語り、同じように私にも何か語りかけ、ただそこに、静かに座っていた。手に持った古いお数珠をひとつひとつ、ぱちりぱちりとはじく音がただ聞こえた。だから私もただそこに、座っていた・・・。


それはとても、不思議な時間だった。

その地を発つまでのわずかで何気ない時間だった。しかしきっと一生記憶に残るくらい、私はひそかな衝撃を受けていた。

かつてこれほどまでに、私は何でもないただのわたしとして、そこにいていいことがあっただろうか?かつてこれほどまでに、相手を受け入れたことがあっただろうか・・・。瞬間、自分が世界に対してどれだけ小さく縮こまっているのかが、彼女を通してありありと見えてしまった。

 

あのとき窮地に立っていたのは、難民としての彼女よりも、私自身なのだった。


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