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elle


五月、涼しげな風が頬を撫でる。

茜色がさす帰路で天を仰ぐ。

飄々と空に浮かぶあの雲が羨ましかった。

今の僕の心に似合う言葉を探して歩く。

知らない誰かに届けるために書く。


はらはらと

揺らぐ君に花束を。


家に着いた僕はドアを開ける。

部屋に響く鍵の音がやけに大きく聞こえる。

書いた言葉はいつしか枯れたようで

消えかけた線を辿って紡いだ。

不完全なものだとしても。


とんとんと

呑みくだす気持ちは秘密のまま。


また君が泣いている。

吐き出した声が僕の胸を熱くする。

紫陽花が咲きはじめる頃、

もう僕には何もなくなってしまったようで

小雨が冷えた肌に触れた。


こんこんと

僕はここにいるよ。


君がくれたものを数えた夜。

そっと願うように抱きしめたんだ。

君が見た世界の彩りを知りたかった。

忘れたことに気づくことも出来なくて。

それならおやすみの続きを。


ほとほとと

跳ねる足音のその先へ。


こんなこと伝えても、

どれだけ繰り返しても、

考えても無駄だと知ってるんだ。


それでも僕は書くこの想いを。

だから

もう一度だけ

もう少しだけ

つぎはぎでも確かなものを、

君じゃないとダメなんだよ。

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