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顔を覚えている男の話④

10年以上経つのに、今思い出しても嫌いだと思う元カレの話。

元カレは、大学1年のときにサークルで出会った一つ上の先輩だった。彼はイケメンで、当時は彼のことを噂している女子も多かった。

王道のイケメンというよりも、切れ長の奥二重の目とすらっとした足、顔からにじみ出る頭の良さが感じられる色気のある男だった。

1年生のときは私も別の彼氏がいたし、とにかく遊ぶことが忙しくて彼のことは興味がなかった。でも、サークルの集まりで会って彼と少し話すとドキドキして、話すと楽しいとか意識してしまうとか、学生らしい気持ちが芽生えていたのは事実。

彼が私に対して特に恋愛感情を抱いていないことはなんとなく気づいていたけど、彼氏と別れたあと、サークルの後輩という立場を利用してなんとなく近づいてみた。

「今度ご飯連れて行ってください」とか「遊びに行っていいですか」とか、20歳の女子だったからできたようなわざだ。そうすると、大抵遊んでくる男が多かった。

彼も私のお願いを快く受け入れてくれた。友達や先輩たちの集まりで一緒に飲んだり遊びに行ったりすることが増えて、段々二人きりで会うことも増えた。

それからは私らしくない健全な付き合いが続いた。飲みに行ったり、二人で海に行ったり、彼の部屋で飲んだりするような付き合い。

何度か遊んだあと、彼の部屋のベッドで一緒にお昼寝をしていたら、突然キスされて「付き合おう」といわれた。

他の記憶は嫌な風に覚えているけど、不思議とこの記憶だけはすごくきれいな思い出になっている。

暑い夏が来る前の春、少しまだ涼しい風が吹く日。揺れたレースのカーテンと、少し陽が当たった白いベッド。少し日焼けした私の足と、彼の細い筋肉質の足が重なっていた。

付き合いだした私たちだけど、とにかく彼とは価値観があわなかった。

私は一秒たりとも離れたくない、同棲したい、毎日一緒にいたいっていう気持ちがあったのに、彼はまるで逆だった。

一週間に1回でも会えれば良いし、恋愛よりも勉強したいみたいなそんな感じだった。好きな音楽や好きな食べ物も全く違うし、とにかく価値観の不一致がひどかった。

聴きたくもなかった彼が好きな曲とか、そういう人のライブとか連れていかれた。行くうちに好きになった気がして、一時期私もはまっていたけど、やっぱり今全く聞かないから好きになれなかったのだろうな。

彼がたばこを吸っていたから、それで私も吸うようになった。でも私は彼が嫌いなメンソールのたばこが好きだった。

彼とは身体の相性もあまりよくなかった。彼はテクニックがあるけど、とにかく相性が悪かった。彼とのセックスは痛いと思う時間が長すぎて、早く終わってほしいとしか思えなかった。

そして、彼は思ったことをそのままいう癖があった。

「それ変だからやめたほうがいいよ」「俺そういうの好きじゃないんだよね」「〇〇といると、こういうことあるから嫌なんだよね」とか。

よくいえば思ったことをはっきりいう、悪くいえば全部否定してくる。付き合いだして少し時間が経ったら、「俺は最初〇〇のことそんな好きじゃなかったけど、今は好きになってきたよ」といわれた。

それいう必要ある?別に言わなくてもよくない?ということまで口にしてしまう癖があった。

のちのちわかったことだけど、彼は上に姉が2人いて、末っ子として可愛がられて育っていた。野菜を作る農家の唯一の男の子。一度実家にも行ったけれど、お母さんはとにかく彼のことが可愛くて仕方なくて、ここまで育てたような雰囲気が伝わってきた。

自分にとって嫌なことは否定する。そうやって過ごしてきても誰も文句をいわなかったから。子供を育ててみて、初めて理解できた彼の性格だ。独身の頃の私にはなぜ否定しかしないのかわからなかった。

私は少しでも不信感があるとすぐにその人から逃げる癖があった。とにかく否定されることに対して恐怖を感じてしまう。相手の様子をみて、信頼できない、一緒にいてくれない、もう駄目だなと思ったら逃げる癖。

だからこのころから段々と逃げていたと思う。彼が会ってくれない寂しい夜は、誰でも良いから適当な人と遊んだ。合コンも行くし、クラブで出会った人とホテルにいくし、ホストにはまったりもしていた。物理的に他で満たされればそれでいいって思う最低な女だった。

他の男といる間は彼のことも忘れられるし、別に彼から何をされたわけではないのに、彼のことから必死に逃げていた。

殴られたわけでも嫌われたわけでもないのに、彼と私の間にあるどうしても越えられない何かから逃げていた。壁みたいな埋まることのない穴みたいな、たぶんそれに対して私はどうにかしようともしてなかったんだけど。多分私が求めたら彼は一緒にいてくれたと思うけど、それも言えなかった。

先輩と後輩というスタートだからなのか、言いたいことが何も言えない関係。悪いのは言わないで裏切っているのは私だとわかっていたけれど、そこに踏み込む勇気すらなかった。

私は彼のことを「〇〇さん」と、さん付けで呼んでいた。付き合う前も付き合ってからも、一緒にデートをするときもセックスをしているときも、さん付けで呼んでいた。これが彼になぜか踏み込めない理由だったのかもしれない。

そんな状況だったのになぜかだらだらと3年くらい付き合いが続いて、一度実家にもいって両親を紹介されたし、彼が信仰している宗教の集まりに連れていかれたりもした。私は結婚する気はさらさらなかったけど、彼はそのつもりで連れて行ったのかもしれない。

私が就職した時は、彼はおめでとうというわけでもなく、私が入社する会社じゃなく、別の競合他社の方が俺は好きだといった。彼は負けず嫌いだった。東京なんて住むところじゃないとかまでいっていた。自分が就職できなくて、大学院にいったことを少し後悔していたんだと思う。

そして私が上京して仕事に遊びにいよいよ忙しくなってきたころ、もう本当に彼と別れたくなってきた。連絡するのももちろん会うことも嫌で、早く別れたいといえばいいのにそれすらも言えなかった。たまに飛行機に乗って彼が遊びにくることもあったけど、全く嬉しくなかった。

数時間前まで他の男とホテルにいて、そのまま彼と会ったこともある。違う男の匂いをつけた私を優しく抱きしめてくる彼に対して、罪悪感すらもなにもなかった。

ある日、別れたいといったら別れたくないと言って泣かれた。3時間くらい電話して、もう好きじゃないから別れたいと何度もいった。もう半ば無理やり別れて、それから一切の連絡を絶った。

別れた後も情とか寂しさとか実は好きだったとか、そういった感情は全くなかった。それから、私は今の旦那と結婚して子どもを産んだ。

そして数年経って、彼が上京して都内で働いていることを誰かから聞いた。あんなに東京を嫌っていたのに。私の就職だって否定していたのにね。

彼は私よりもプライドが実はすごく強くて、きっと私よりもずっと何かと戦っていたのかもしれない。私が興味本位で近づいてしまって、お互い無駄な数年を過ごしてしまったとも思う。彼がくれたものはたくさんあるけど、それ以上に男の弱い部分というのもたくさん知った気がする。

大して好きでもない人と付き合うのが悪い、思ったことをいえばはっきりいえば良い、浮気している私が悪い、色々いわれていたけど、どれも自分でわかっているのに行動にできなかった。

私はいつから彼に対して感情を持たなくなったのだろう。もしかしたら、彼に「付き合おう」といわれたあの日から気持ちはすでになかったのかもしれない。

すごく寒い日に2人でデートしていたとき、私が「寒い寒い」といっていたら、彼に「しつこいよ」といわれたことがあった。

きっと私の旦那なら、「寒いよね」といって自分の上着を私の肩にかけてくれる。私はこの元カレのことを思い出す度に、今の旦那を選んでよかったって心底思う。そうやって旦那のことがもっと好きになっていく。

普通は旦那に嫌気がさして元カレが良い思い出になる女が多いというのに、私は全く逆だ。この頃に感じた嫌な気持ちを旦那が全て浄化してくれる。

辛かった、嫌だった、寂しかった気持ちを私は旦那と過ごすことで浄化する。今でもそうやって時間をかけて彼との思い出を洗い流している。

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