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「星占い」というものを教えてくれたあの子

先日、こんなnoteをあげた。

この中でわたしは血液型占いが苦手と書いた。
人間が4つのタイプに分かれるかってんだ、ばかやろうめ!という気持ちだった。 


でもふと人のFacebookを見ていて思い出した。

わたし、星占いが好きだった!
これも人間をたった12個に分類するシステムじゃないか。



昔、「しあわせ星占い」という本を持っていた。

子供が好きそうなことについて掘り下げるシリーズの本の一冊だった。

同じシリーズで「犬の本」みたいなのも持っていて、いまだに本物を見たこともないのに、「イングリッシュ・コッカー・スパニエル」とか長い名前を無駄に覚えてしまった。
爬虫類の本なんかもあった気がする。
一番好きだったのは、水木しげるの妖怪シリーズだ。


「しあわせ星占い」をなぜ買ったのだろう?

たしか、Kちゃんが、この世の中には星占いというものがあることを教えてくれたのだった。

Kちゃんは幼い頃の、本当に唯一の友達だった。



幼いときのわたしは、周りと自分との間、特にクラスメイトとの間に、いつも「半透明の薄い膜」を感じていた。

母があまり社交を好まず、公園デビューもしたことがないまま、両親の離婚で埼玉から熊本に移り、幼稚園に入ることになった。

ものすごく戸惑っていた気がする。
戸惑いすぎて、その戸惑いを口にできないほど。

友達がほしい。でもどうしていいかわからない。
それまで埼玉で暮らしていたので、熊本弁もわからなかった。
熊本弁どころか、みんなの中の空気感もわからなかった。

幼稚園の先生は、そんなわたしをよく叱った。
「誰とも話さない変な子です」と、連絡帳に書いてきたりしたらしい。

系列の小学校に上がるための模試みたいなテストで、KちゃんとわたしのIQだったか知能だったかがクラスの中ですこぶる高いとわかり、先生が「頭は良かったんですね」と、さも意外そうに母に伝えたらしい。
そんなエピソードを最近初めて知ったのだが、母はいまだに悔しそうな口ぶりだった。

まあそれくらいボンヤリしていたということだ。自覚はある。

今でこそ笑っていられるが、こんな感じで、10歳手前までわたしの人生は常に「薄曇り、時々雨」という感じだった。

馬鹿にされたり、いじめられたりしたことは数えきれないほどあった。今でも、小さい頃には戻りたくないと思ってしまうほど。

誰かの家に呼ばれ、これでやっと仲良くなれると、胸をときめかせたことがある。母にせがんで1人で行ってみると、「麻子ちゃんは赤ちゃんの役ね」と言われ、暗い階段下にあるかごに入れられ、誰も来ないまま何時間も過ぎた。

そんなことは序の口で、もっともっと嫌な事はいくらでもあった。(書いてみてブルーになったので割愛する)
正直、なんとか空気に同調できるようになった小3か4になるまで、同い年の子との関係性は壊滅的だったと思う。



こんな「ヒエラルキー最下層」のわたしに、幼稚園の入園式のとき、何のためらいもなく近づいてきてくれたのがKちゃんだった。

Kちゃんはなぜかわたしを変人扱いもせず、普通に、そのままに、接してくれた。

世間知らずのわたしに、Kちゃんは色んなことを教えてくれた。

ピンクレディーも、ドリフも、ひげダンスも、全部Kちゃんが教えてくれた。Kちゃんは歌も踊りもすごくうまくて、彼女のひげダンスを見ては、おなかがよじれるぐらい笑った。

ちょっとKちゃんの中には、私を支配したい気持ちもあった気がする。時々それを感じて反発しながら、踊ったり、歌ったり、一緒の時間を過ごしてくれるKちゃんのことが好きだった。多分、好きという感情を自覚する以前に好きだったと思う。


ある日、「麻子ちゃんの星座は何?」と聞かれた。
「星座って?」と聞くと、コレコレと12星座の一覧を指す。

てっきり好きに選んでいいのかと思った私は、女の人のきれいな絵に惹かれて「じゃあ、乙女座」と言った。

「えー!違うよ!誕生日で決まるの!好きなもの選ぶんじゃないの!」
と言われ、見てみたら、6月生まれのわたしは双子座だった。

双子座って何だよ、意味わかんない、可愛くないしと、がっかりしたのを覚えている。

きっとそのことをきっかけに、星座に興味を持ったのだった。

「しあわせ星占い」という本には萩尾望都とか、竹宮惠子とか、なぜかそうそうたる漫画家たちが挿絵を描いていた。

特にフルカラーの挿絵が美しく、そこに書かれている星座の説明をする語り口も神秘的に見えて、何度も飽きることなくうっとりしながら絵を眺めた。

Kちゃんとは小学校、中学校、高校と、その後もずっと一緒だったが、どんどん疎遠になっていった。幼少期に懲りた私は、とにかく「普通のかわいい女の子」になりたくて懸命にもがいた。友達もできるようになった。

美人で賢く才能があるが、少し普通とは違っているよねと陰でささやかれるKちゃんとは、距離を置くようになっていった。たまに話していると周囲が驚くぐらい、二人の雰囲気は違うものになっていった。小学校入学の時の写真は、まるで姉妹のようだったのに。

なんだか冷たいことをしちゃったなと、今でも少しだけ胸がうずく。

でもマイペースなKちゃんは、だからどうだというわけでもなく、超然としていた。東京に来てからも、たまに電話をくれた。そのあと、ふとしたことで行き違いが起きたが、そのあとも飄々と電話をしてきた。

最後にアメリカに行くのという電話をもらってから、それっきり、もう何十年も彼女とは会っていない。



「しあわせ星占い」を思い出したら、Kちゃんを思いだした。

そしてあの頃、ひと時の幸せを。

彼女がいなかったら、わたしはあと何年、ピンクレディーも、ひげダンスも、星占いも知らなかったんだろう。ほらほら、麻子ちゃん、これ見てー!と、面白いものを見つけては教えてくれたKちゃん。


「あのとき、友達になってくれてありがとう。

次に会ったら、彼女にはこの一言を伝えなくてはいけない。

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