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情けないが美しい文豪たち、左右社「お金本」のススメ

お金の本をたくさん読んできた。

もともと小さい時から読書が好きだったのだが、お金の本を読みだしてから、小説や物語に割く時間が激減した。

これはわたし自身が節約・貯金が大の苦手、金銭教育をちゃんと受けたこともなく、あればあるだけ使う上、足りなくなったら親に催促という、目を覆うような「お金の劣等生」だったからだ。

20代は何本もショッピングローンを組んでいたし、今思えば色んな意味でちょっとヤバい、ギリギリな若者だった。28~29歳のころ、この生き方をひっくり返すような出来事があり、モーレツにお金の貯め方とか節約の仕方を勉強した。法律にも興味を持っていたし、社会保険や世の中の仕組みにまで興味が及んだ。読んだ本は50冊か、100冊か?あまりに知識が集まりすぎて、FP2級の資格もあっという間にとれたぐらいである。

ただ・・・50~100冊読んで気づいたこと。

それは「どれもこれも似たり寄ったりだ」ということだった。おまけに何だかエラソーで上から目線の本が多い(気がする)。
やれ収入の1~2割は自動積立で貯金しましょう、もらった収入からまず貯蓄分を取り除き、残りで生活しましょう、生活できないなら支出項目をチェックしましょう、などなど。支出のチェック方法も様々である。

たしかに役には立った。でも1冊か2冊読めば、もう十分である。しかもそんなことがすぐにできたら苦労はしないわい!とも思った。

それでも何かにとりつかれたように読み続けた。今思えば、何かそこに自分にとってブレークスルーになるようなアイデアを見つけたかったのだろう。結果、今は、「これはためになったなあ」と本当に感じた本は手元に置いているが、それ以外はほとんど中古屋に売り払うことになった。
この手の本はソフトカバーで単行本形式。1冊1,000円~2,000円ほどはする。1000円だとしても100冊買ったとすると、10万円!2,000円なら20万円!

これこそまさにお金の無駄遣いだ。しかも膨大な時間も使ってしまった。その時間を使って、面白そうな小説でも歴史の本でも読めばよかった気がする。(ちなみにそれだけ読んで一番役に立ったのは宮部みゆきの「火車」と「ナニワ金融道」。つまりノウハウ本ではなく物語であった。)

こうしてお金について完全なオタクになったわたしは、知識を生かして2年前から副業でお金の相談を受けている。しかし何だか自分までが「上から目線」になっているんじゃないか?そんなエラソーなことをいえた義理か?と最近思い始め、他にもイロイロ思うところもあり、今はこの副業も、風前の灯になっている。

さて、そんなお金の散々読みまくり、読みすぎて逆に辟易していたわたしが、ここ数年で一番素晴らしいお金についての本に先日出会った。

それは左右社の「お金本」という。


これは、古今の文筆家、漫画家、俳優、音楽家などが、私的書簡や日記、出版物の中で「お金について語ったもの」を集めたアンソロジーである。もうこれが本当に面白い。面白すぎて、ところどころ、夫に毎日読み聞かせたぐらいである。

まずとにかく、みんなお金がない。貧乏だ。貧乏だけど美しい。何をどうしたらこんなにみじめに、生々しく、でも華麗に生きていけるのだろう。

お気に入りの箇所がいくつかある。

まず内田百問。『貧凍の記』と称して、金に困り、生前散々世話になった夏目漱石の書を売った話を書いている。紹介された人にその軸を売りに行くと、偽物と疑われ、思ったほど金銭を調達できない。生前に自分のために書を書いてくれた漱石の姿を思い出し、『私は口惜しくて涙がにじみ出した』。お金を作って買い戻す。しかしまた金に困り、別の人にその軸を売るのである、結局のところ!!
最後には、『今でも瞼の裏に、ありありと先生の筆勢を彷彿する事が出来る』。いやいや、綺麗にまとめているけど、2回も売ってるよね。

しかもその数十ページあとに、同じく百問の『質屋の暖簾』という別の話が出てくる。これには生前の漱石との逸話だ。百問がお金に困り、質屋に物を入れたが期限がきてしまって困り果て、漱石に相談するくだりがある。「馬鹿だね、君は」といって漱石は利子を含め支援する。そもそもその前にもお金に困っていると話したら、「ふん」と一言、漱石はお金をあげている。

いやー、百問先生、夏目漱石に頼りすぎ!!
そして、百問も漱石も素敵すぎるのだ。

だいたい小説家という種族はお金がないようだ。この本は何章かに分かれているのだが、最初の章のタイトルは『俺たちに金はない!』。もうこのタイトルの付け方、秀逸である。痺れてしまった。

ひたすら古今の国内の作家のお金がなくて困った話とか、借金の依頼の手紙とかが続くのだが、面白かったのが有栖川有栖である。

29歳で小説家デビューを果たしたが、それまではずっと会社員で結婚もしていたそうである。『危ない橋は渡らず、地道に目標達成をめざした』。
でも処女作が出れば会社を辞めたくなるというもの。しかしここで有栖川氏はどれだけ書けばお金がどれだけ入り、生活できるのか?を会社で計算をするのである。初版で何部売ればいくら入るか、年に何冊書けるか、経費まで計算し、『3年は兼業でいくのが安全策かも』と結論を出し、本当にサラリーマンをしばらく続けたらしい。

この話は76ページに出てくるのだが、それまで出てきた芸術家たちがあまりに破天荒すぎたので、この素晴らしい堅実さに驚いてしまった。こういう人もいるんだなあ。

またもう一人爆笑してしまったのが、忌野清志郎の話。『歌われていないことは山ほどある』というタイトルで書かれたもので、ロックで独立したいと高校時代から思っていた、その時は大成功しているイメージトレーニングをしていたという話である。最後に『具体的に夢を描けるということだ。(中略)本気でやりたいことなら、描けるはずだと思う。一度、キミも試してみるといい』。カッコイイ。みじめさのカケラもない。ロックンロールだ。

そして次のページ。なぜか古い新聞記事がそのままの形で載っている。よく見ると「人生相談」とある。『18になる私の子供は小さい頃から寝起きのいい方ではありませんでしたが、高3になってからは登校時間になっても起きず、遅刻はしょっちゅう。月に1回は休んでしまいます』という書き出しで始まる。息子がギターにはまり、高校に真面目に行かなくなったという相談なのである。この記事の下のほうに『相談者H子は忌野清志郎の養母・栗原久子』とある。

もう爆笑である。あんなにロックな渋いことを書いた本人の談話の裏に、この新聞記事を載せるとは、編集者も人が悪い。


ここに書いたのは、ほんの3人の“出演者”だが、次から次に明治の文豪から今生きている人気作家やアーティストが出てくる。総勢96人。100話もある。あなたの大好きなアノ人も出てくるかもしれない。

情けないけどちょっと笑ってしまうような話、なるほどねと考えさせられる話のオンパレードである。(どちらかというと前者が多いのだが)

ちなみに冒頭にはお金の神様のような渋沢栄一が出てくるのも面白い。『良く聞け、愚かなものどもが』と、神が言わんばかりである。でも何となく優しくてため息をつきながら遠くで見つめる神のようだ。

既存の作品を集めたといっても、その編集やら装丁やらがとにかく素晴らしい。そして美しい本である。表表紙、裏表紙、章タイトル、色使い、最後の作家長者番付まで、凝りに凝っている。

一生大切にしたい本、何があっても売りたくない本に、本当に久しぶりに出会った。

お金について悩んでいる人はこれを読めば、「なんだ自分だけじゃないんだ」と楽になること請け合いである。そしてお金について凝り固まった考えの人には、少しだけ違う目線を与えてくれるだろう。なぜか読み終えた後にある種の清々しさまで感じる逸品なのである。

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