番外(ピンクのマニュキュア 後編)

前編からの続き】

 公園で出会ったおしゃれなおばあさんの身の上話が一段落したのを見計らって、わたしは自分の母がおばあさんより少し上なこと、母も一人暮らしだったけれど兄が引き取ったこと、同居が始まったころはいつも「帰りたい」と言っていたこと、などに軽く触れたが、おばあさんは興味を示さなかった。

 おばあさんは座っている姿勢もいいし、語り口もしっかりしているのだが、1時間弱の間同じ話題に戻ることが何回かあった(ただし、そういうことは、若い人のふつうの会話の中でもないわけではない)。会話としては成立するのだが、なんというか、ある大きさの輪の中から会話が広がらない感じ。初対面だから話題を絞ってるのかなぁ、と思いつつ。

 おばあさんの手元には、大きな青い石のついた指輪と銀のブレスレット。そして10本の爪先はきれいなピンク色に塗られている。

「お母さん、きれいにしてらっしゃいますね。マニュキュアはいつも塗ってらっしゃるんですか」
「マニュキュアはずっと自分で塗りますの。髪もね、自分で染めます」

 へー。わたしなんかマニュキュアはおろか、ろくに化粧もしないわ。髪を染めるのも腕を上げるのがだんだん億劫になってきて、いつまでできるかな、と毎回思うのに。

 そのあとの用事の時間が迫ってきたので暇乞いをしたわたしに、おばあさんは言った。
「毎日、午前と午後ここに来てます。緑が多いし、座るところが『ようさん』あっていい。またここで会いましょうね」
「はい、またお会いしましょう。お元気でね」

 そう返して歩き始めたあとで、おばあさんがいそうな時間にまた来るだろうか、と考えた。
 次に会ったとき、まったく同じ話をされたら? おばあさんは杖すらついていなかった。ほんとうに87歳で、自分でマニュキュアを塗っているのだろうか。わたしの母親も90手前まで一人暮らしで自炊してはいたが。
 また会わないほうが、いいかもしれない。会ったほうが、いいかもしれない。
 わたしは揺れている。 

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