文字を持たなかった昭和305 スイカ栽培(14)敷き藁

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 このところは、昭和40年代初に始めたスイカ栽培について述べている。栽培の動機から始まり、ようやくスイカの苗を植えつけ伸びてきた蔓を整えるところまで書いた。

 家庭菜園や、主要作物の片手間に畑の脇などでちょこっと作るスイカの場合、蔓が伸びてきたら藁を敷くのがいいらしい(敷き藁)。蔓が藁に巻きヒゲを絡ませて伸長するので、地表に固定されて風雨にも強くなる、収穫まで実の下に藁などを敷いておけば虫による食害や、食害からのカビを防げる、といった効果が期待できる――らしい。

 ただし、「マルチ」を敷けば手軽で、同じ効果を得られる、とも。

 ミヨ子たちのトンネルではどうだっただろうか? すべての畝にマルチを敷いてあったのでわざわざ藁を敷く必要はなかったはずだ。合計すればけっこうな面積になるトンネルの、それもすでに蔓が伸び始めた畝に藁を敷くのは、けっこうな作業だし大量の藁が要る。もともとマルチは敷き藁の代わりでもある。

 一方で、スイカ畑で藁を見かけた記憶も、二三四(わたし)にはある。トンネルの畝の両脇に置いてあったように思う。敷くためというよりは、温度や湿度調整の補助に使っていたのかもしれない。例えば、ビニールシートを開けるか閉めておくか判断に迷う気象条件のとき、少しだけ開けておき、気温や湿度の調整を藁に委ねる、というふうに。

 スイカに限らないが、二夫(つぎお。父)は農協の指導員などからの指導をまじめに学習する一方で、自分なりの工夫を怠らない人だったから。もっとも、それに付き合うミヨ子は、なかなかに骨の折れる日々だっただろう。

《主な参考》
スイカの栽培方法・育て方のコツ | やまむファーム (ymmfarm.com)

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