文字を持たなかった昭和 九十三(洗濯、おまけ)

 洗濯と言えば、ミヨ子の姑のハル(わたしにとっての祖母)は井戸の水を汲んで洗濯するより、川べりでの洗濯を好んだ。

 ミヨ子たちが住む集落のほぼ中央をけっこう水量の多い小川が流れており、集落の人々は川から農業用水路に水を引いていたが、川の水は洗濯にも使われていた。

 小川は、ミヨ子たちの家の裏手側の細い坂を降りて5分もしないところにあった。川べりに下りるため石で段が組まれ、その先は洗濯場にちょうどいい広さの石があった。近くの女たちの多くは、代々ここで洗濯をしていたのだ。

 水質に影響を与えるような農薬や洗剤もまだなく、使っても固形石鹸、その石鹸ですら簡単には手に入らなかった時代――経済的にも流通的にも――。女たちは洗濯物を入れた小ぶりのタライを抱えて川べりへ行き、石の上にじかに衣類を置いて、手もみしたり時に木の槌で衣類を叩いたりして汚れを落とした。

 家々で井戸を備えるようになっても、自然の流水で洗濯できる水場は重宝だった。のちに水道が引かれても、ハルは自分の衣類を川べりに持って行って洗うことがあった。まるで童話「桃太郎」のおばあさんである。もっともこの川の流れはけっこう速く、桃が流れてきたとしても捕まえるのは難しそうだった。

 小川については「十一(生まれ在所)」で触れている。ミヨ子は同じ集落の中で結婚したので、川べりで洗濯する光景は子供の頃から見慣れたものでもあった。

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