文字を持たなかった昭和 七十八(田植え、その三――ヒル)

 田植えのとき、田んぼにヒルがいたことを書いた。ヒルはミミズと同じ環形動物で、種類によって水中や藪の中などにおり、動物の血を吸って栄養にする。

 このヒルには泣かされた。田んぼによって多いところと少な目のところがあったが、ヒルがいない田んぼはなかったように思う。田植えに集中しているとヒルが寄ってきたことには気付かない。ふっと集中が緩むと、ふくらはぎのあたりがむず痒い。ぎょっとして振り返ると、案の定ヒルが吸いついている。半泣きになりながら「ヒルが~*」と叫ぶと、大人たちが笑いながら取ってくれる――。 

 ヒルをもぎ取ってもらうと、吸われたところから血が流れ、田んぼから上がったあとも流れ続けた。吸われたことに気付かずにいると、血をたくさん吸ってコロコロになったヒルがまだ食いついていたり、満足したのか離れて水中に戻ったりする姿を見ることもあった。

 予防法というほどのものは、ない。少なくとも昭和40~50年代当時はなかったと思う。農村でも薄いストッキングが売られはじめたころ――日常的に履いている人はいなかったが――「ストッキングを履いてヒルの吸着を防ぐ」という「新発明」を耳にした。おそらくは伝線してしまったストッキングだったが、譲ってもらって履いたこともある。履いていると吸着される率は気持ち減ったものの、ストッキングを破って吸い付いてくる強者もいて、手を焼いた。

 ヒルに吸われた光景を思い返していて気付いたのだが、田植えのときはズボンをまくり上げて、素足で入ったのだと思う。でなければふくらはぎを吸われたり、ストッキングで防御したりしない。ストッキングも脛部分だけを切って使ったのかもしれない(脚絆のような、脛だけのストッキングもあった)。

 インターネットで田植えの画像を検索すると、昔風の衣装を着けた女性が脚絆を巻いて田植えする風景もあった。なるほど脚絆を巻けばさすがにヒルは吸い付けまい。だが、昭和40年代半ばくらいで脚絆を巻いて田植えしていた大人はいなかったと思う。いずれにしても足元は素足である。少なくともわが家では素足だった。ゴム長では足を取られるし、動きの小回りも利かない。水が長靴の中に入っても、田んぼの中で片足立ちして脱いで、水を出すわけにいかない。

 わたしが好きだったNHKの朝ドラ「ひよっこ」では、茨城の農家の娘という設定のヒロイン・みね子が、一家で田植えする光景があった。みね子はじめ家族全員がゴム長を履いて田んぼに入っていたが、ゴム長では仕事がやりにくくてしょうがないでしょう、と思いながら見ていた。

 ただしヒルには吸われずにすむかも。

*鹿児島弁では短縮されて「ヒ」と呼ばれていた。「ヒルがいる」場合は「ヒがおっ(ヒがおる)」、「ヒルに吸われた」場合は「ヒがくろた(喰らった)」 と叫ぶのだった。

《主な参考》
NHKドラマ>連続テレビ小説「ひよっこ」

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