#新大学生に勧めたい10冊

ツイッターで #新大学生に勧めたい10冊 というハッシュタグが流れてきたので、一応、文学部を出てそれなりの量の本を読み、本に携わる仕事をしている身としては、なにかしら有益な情報をつぶやけないかと考えていました。

で、考えた結果、どうしても10冊に絞りきれない(笑)。ましては、「新大学生に勧めたい」となると、なおさら悩んでしまう。というか、自分が新大学生のときになにを読んでいたのかすら、あまり覚えていないという……。

そもそも、大学生の期間に有意義な読書ができていたのか、疑問が残るところでもあります。なので、「なにを」というよりは、「どのように」のほうを、新大学生にお伝えできるならしたいな、と思った次第です。なにも、僕なんかがお伝えしなくても、読書論についての名著は世の中にたくさんあるので、ご興味がある方はそちらを参照していただきたいのですが、38歳・フリーライターの、学生としても読書家としても優秀だとはとても言えなかった一個人が思うところを書いたものとして、読んでいただけると幸いです。

まず、1〜2年生の時期は、乱読をお勧めします。大学の勉強は勉強、読書は読書なので、所属している学部や専攻にこだわる必要はありません。文学でも、経営学でも、社会学でも、残念ながら僕は詳しくありませんが理系の読み物でも、興味をそそられるものなら、どんな本でもいいと思います。

そのときのポイントは、なるべく評価が定まった「古典」と呼ばれるものを読むことです。理由を語り出すとオジさんの説教ぽくなるので深入りはしませんけど、単純に歳をとると集中力や体力が衰えるので、若いときに時間がかかる本を読んでおくと得ですよ(笑)。歳をとってから古典の大切さに気づいて読み始めようとすると、結構しんどい思いをしますから。時を経て評価されている本には普遍的な価値があり、考える力を伸ばしてくれます。古典を読むと、現代の本の読み方や楽しみ方も充実したものになりますし。

ただ、当然ですが、古典は難しいです。時代背景が現代とは違うため、読むためにはある程度の知識や教養が必要です。ですので、古典にチャレンジしてみて挫折したり、「いきなり昔の本は……」と思う方は、ぜひ「入門書」から読んでください。入門書は、その本や著者に詳しい人が、一生懸命にわかりやすく書いている(場合が多い)わけですし、そしてその入門書の著者が加えた解釈も楽しむことができます。入門書ですから基本的に主流をなす解釈で書かれているものが多いと思いますけど、著者によって癖もあり、入門書を読み比べてそれを比較するなんてことをするのも面白いと思います。文学の場合は、評伝や批評、研究書などを読むと、より読書が深まります。

1〜2年生の間は、そんな感じでいろいろな本を読み、知識を広げて、自分の興味や好きな著者を知ることが大切だと思います。3〜4年生になっても、その営みはずっと続けたほうがいいのですが、もう一つの読書法を取り入れると、さらに充実した体験ができると考えています。それは、「ひとりの著者を掘り下げて読む」ことです。コツは大きくわけて二つあります。

まず一つ目は、その著者の著作をすべて読むこと、そして1〜2年生のときと基本的には同じなのですが、その著者に関する入門書や評伝、研究書などにもできるだけ目を通すこと。それをするとなにが起こるかというと、その著者と交友関係があったほかの著者や、その著者に影響を受けた後世の著者、さらにはその著者の考えを批判的に受け継いだ著者の著作にまで射程が伸びるようになり、それは1〜2年生のときの乱読と似ていますけど、中心があり、軸を持って読書するという意味で、似て非なるものだと思います。

そして二つ目は、その著者の本のなかで気になった数冊を繰り返し繰り返し何度も読むことです。そのことによって理解が深まるのはもちろんのこと、僕が大切だと思っているのは、本に書かれている文章はただの「情報」ではない、ということです。情報ならば回覧板と同じように一度読んで終わりですが、文章には情報伝達以外にもたくさんの作用があり、そのことを知るためには、何度も何度も読む、精読するといったプロセスが絶対に必要です。

これが自分の専攻や卒論にクロスすることだと、一石二鳥でいいんですけどね。でも、そうじゃなくても読書は人生を豊かにしてくれますし、ちょっと肩肘張ったお伝えの仕方になりましたけど、単純に読書は楽しいものです。

読書を通して得た知識や考え方の枠組みは、社会に出てからも役に立ちます。役に立たつものを得ることが読書の主たる目的だとは考えませんが、社会に出ると学生の時に経験しなかったことが仕事でも生活でもたくさん起こりますので、結果的に「役に立ったなあ」と感じることが一度ならずあると思います。なにも考え方の枠組みがないままで社会に出るとしんどいです。

でも、一番大切なのは、逆説的ですけど読書で得た考え方の枠組みが、世の中の、社会の、人間のすべてを説明したり、問題を解決したりするものではないと知ることだと思います。「この考え方の枠組みをインストールしたから、すべてに対応できる」なんてものは存在しません。そのことに気づいた先にまた新しい読書の道が開かれているのではないかな、と感じています。

少しは役に立つことを書けましたでしょうか。自分でも不安ですが、愚鈍な読書家が経験し考えたことだからこそ、届く人がいるのかもしれない、とも思います。あと、もう一度、強調しておきますけど、読書は楽しいものですからね。もちろん、頭をかかえることもありますけど、楽しくなくては読書ではない! というのが、僕のスタンスです。ということで、僕は今日も楽しく読書をします。皆さんも、本のある人生を一緒に楽しんでいきましょう。

宮崎智之


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フリーライター。1982年3月生まれ、東京都出身。著書『モヤモヤするあの人』(幻冬舎)、『吉田健一ふたたび』(冨山房)。TBSラジオ「文化系トークラジオLife」、bayfm「POWER BAY MORNING 」出演中。雑誌「ケトル」連載。「週刊読書人」等に寄稿。新刊鋭意執筆中
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