【すぐ読み終わる小説】もう、何でもない

北国の冬なのに、道路のコンクリートが見えている。

これは異常気象とか言って地球規模では大問題なんだろうけど、雪に足を取られることがなく歩きやすいから、私にとってはありがたいことだ。

でも風は冷たい。マフラーをして、手袋をつけて、駅から大学までの道のりをうつむきながら歩いていた。

信号待ちのときにやっと顔をあげると、ひんやりとした空気が顔を刺した。だが、それよりもよく知っている人の姿が私の目に突き刺さった。

175センチくらいの背丈、とげとげした”剣山ヘアー”、ワインレッドのコート、そして、グレーのマフラー。

あのマフラーは、私があげた。

彼は2年前に別れた元恋人だ。彼から別れを切り出したのに、どうして私との思い出を身に付けているのか分からなかった。私は彼からもらったものを全て手放し、一緒に観た映画の半券も遊園地のチケットも取っておいていたけど一度に捨てたのに。

信号が青に変わり、私も彼も歩き出した。もう恋人ではないけど友達に戻っただけだから、「よっ」と、あいさつ位はするだろう。

そう思い、2人の距離が一番近くなる横断歩道の真ん中くらいでさりげなく視線を送ってみる。ほんの一瞬目が合ったが、彼は私がいない方を向いて、そのまま通りすぎて行った。

もう彼の中に私はいないのだ、と思った。

あれは「私があげた」マフラーではなく、最初からそうであったかのように単に彼の私物と化したのだ。

横断歩道を渡り終わった。

ただでさえ冷たい風なのに、懐かしい彼の柔軟剤の香りを含んで鋭利さを増した。それが鼻に突き刺さったので、私は再びうつむいて歩き続けた。

みやざきゆほ

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