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いつか

酔っぱらいが横たわっている。
30代くらいだろうか。乱れたスーツ姿で。
周りには誰もいない。
何を呑んだのか。どれだけ呑んだのか。何があったのか。

なんて、考えはするけれど、
声などかける訳もなく指を指し嘲笑い、通り過ぎる。

10センチのヒールなんて普段履かないからうまく歩けない。
派手なメイクに真っ赤なロングドレス、ゴージャスにセットされた髪。

どれも初めてだ。

役者をしていると色んな人生を体験できる。
初めての演劇は小学生のときかな。オズの魔法使い、ドロシー役。
自分以外の誰かの物語を生きる、ということがすごく新鮮だった。
誰かになろうとしていた。いつも。
私じゃない、他の誰かに。


「はい、オッケー!お疲れ様ー!」

バタバタと片付けをするスタッフ陣に、談笑する役者陣、
何か難しそうな顔で話し込んでる監督。
皆を横目にしながら、ざわついた場所から離れる。

「お先、失礼しまーす」
今日の仕事はこれで終わり。
とある映画の1シーン、キャバ嬢役。セリフはない、エキストラ。

とりあえず早く帰らなきゃ。
明日はコールセンターで仕事、その後に次の舞台の稽古がある。
急いで着替えを済ませ、駅へと向かう。
もう終電間近だった。
ぎゅうぎゅうの人混みの中、目の前には女子高生が座っている。
こんな時間に…
ずっとスマホを見ている。ゲームかな?いや、勉強してるのかな?
真面目そうな雰囲気。運動部では、なさそう。
職業病だろうか。人をみると、つい色々と想像してしまう。
どんな家族がいるのか、好きな食べ物は何か、趣味は、仕事は、と。

人の数だけ、様々な日常が、人生が、物語がある。
私が経験することのない世界を覗いてみたくなるのだ。

なんて、他人の人生ばかり興味津々で、
私の人生は、どんなもんか。

高校では演劇部に入った。役者も裏方も全て経験させてもらえた。
どちらかといえば、役者が好きだった。
卒業するときには、将来は女優さんね!なんて周りに言われたりもして。
でも私には女優として食ってく覚悟も自信もなかった。
そんな訳でとりあえず大学に進学して英語の勉強をしていた。
中学高校と英語は好きだったし、1番成績も良かったから。ただそれだけ。
授業の後はアルバイトに時間を費やしていた。
オーストラリアへ短期留学する為。
思う存分演劇をやる、なんて時間は無かった。

にもかかわらず、大学を卒業して英語を使う仕事には就かなかった。
役者やりたいって気持ちを捨てきれず。
職を転々としながら役者をする、というのが私の日常となった。

気がつけば、来月でとうとう20代が終わる。
周りはほとんどが結婚し、子どもを育て、キャリアアップして仕事に向かっている。
私はどうだ?
仕事も役者も中途半端。結婚もしていないし、子どももいない。彼氏もいない。
お金があるわけでもない。何もない。
皆頑張ってるのに。私、何してるんだろ。
不安や焦りを通り越して、呆れと絶望を感じている。
これから30代、希望なんて何もない。

目の前の女子高生を見てると、
この頃に戻って人生やり直したい、なんて考えてしまう。
あの時もっと違う選択をしていたら今頃どうなってたかな、なんて。

ぼんやりしながら部屋に着いた。
真っ暗な部屋の中、どさっと荷物をベッドに放り込んで、自分も倒れ込む。
スマホを手にすると母から写真付きのメールが来ていた。
〝これ、あんたの同級生だよね?〟
写真は新聞記事だった。
ピアノとギター、それぞれを奏でながら歌う2人の姿と
〝結成10周年!来月記念ライブ開催〟の文字。
確かに同級生だ。1人は小学校から高校まで一緒だった。
歌、歌ってたんだ。知らなかった。
頑張ってるんだな…
胸の奥がぎゅっとする。
凄いなって気持ちと、よく分かんない悔しさと、羨ましさ。
頭の中がゴチャゴチャする。

その日は母に返信もせず、シャワーを浴びてベッドに潜った。

それから数日間、2人の事が頭を離れずにいた。
何かしら出てくるかな。
そう思って名前を検索すると、ライブ動画、MV、色々アップされている。
なんだか怖いものでも見るような変な気持ちで動画を見始めた。が、
1曲も聞き終わらないうちに、止めてしまった。
やっぱり苦しい。
楽しそうに歌う2人の姿を、今の私には、直視できない。

自分の事に集中しなきゃ。
必死に台本読んだり、仕事に没頭したり、やたらと掃除なんかしてみたり。
何をしていても、頭の片隅にずっと2人の姿がちらついている。

母の写真付きメールから2週間くらい経っただろうか。
その頃には気持ちも何となく落ち着いてきていて。
2人の動画を探しては、見る、ということが私の日常に追加されていた。

軽やかなピアノの音。落ち着いたギターの音。
何気ない日常を歌うその歌詞に、2人の柔らかくも力強い歌声に。
いつしか、癒されていた。

部屋の窓を開け放して、久々にゆっくりと空を見上げる。
雲1つない青空が清々しい。
深呼吸をしてテーブルに置いたコーヒーを取りに行く。
コーヒーの横でスマホが何かを知らせていた。

動画アップされてる。
開いてみるとインタビュー動画だった。
「結成10周年ということで、今の心境など色々お聞かせください」

「そうですね…これからに向けて不安もありつつワクワクもしていて。
10年振り返ってみると色んな事があって。
正直しんどくて、もう辞めようかって話になったこともあるんですよ。
そんな事、友達に話したら、
〝いつか終わりは来るよ〟って意味分かんないこと言われて。
…その数日後に自殺しちゃったんです。
何も変わった事なくふざけあって、笑ってたのに。
約束なんてしなくても、いつでもまた会えると思ってたし、
もっと一緒に、話したい事やりたい事、たくさんあったのに…。
その時考えさせられたんですよね。
どんなにしんどい事も、悲しい事も、楽しい事だって、いつか終わりが来る。
それなら、それまで笑ってたいなって。
笑って音楽続けて、笑って歌、歌ってたいなって。
そうやって自分の人生を、周りの人を、幸せにできる人間で在りたいなって。
そんな想いで毎回ライブやってます。
次は10周年記念ライブ、来週の日曜日三鷹でやるので、よろしくお願いします 。」

また胸がぎゅっとした。
今度は悔しさとか、羨ましさとか、そんなんじゃなく、純粋に尊敬の気持ちで。
それと、2人が乗り越えてきた事と、その10年間を想って。


それぞれが、それぞれの日常を、人生を、物語を生きている。
私だって例外なくそうなのだ。
他の誰かになんて、なれない。
私は、私にしかない世界を生きてるんだ。

あなた達のおかげで私の人生に光が差したんだよ。
いつかそんな事、伝えられる日が来るといいな

決めた。ライブ行こう、来週の日曜日。

私も笑っていたい。
いつか終わりが来る、その時まで。




優しいパンクお姉さん「いつか」より。


優しいパンクお姉さんについてはこちらから♪

https://note.com/miyayu62_5/n/nd5c2af5604de


2021/3/7 ミタカノオンナ
ライブの様子↓こちらから↓

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