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祝福のポインセチア


〝クリスマスイヴなんだけどさ、やっぱ…ごめん。〟
〝ううん、分かってる〟
〝25日ならうちのやつのカフェで皆で集まるんだけど、良かったらどう?〟
〝…うん、考えとくね〟


それほど混んでもいないファミレスの店内
貰った真っ赤なポインセチアをソファ席に置いて
1人、窓際の席から外を眺めていた

〝これ、よかったら部屋に飾って。やっぱりクリスマスといえばポインセチアかなと思って。お店の人が教えてくれたんだけどさ、ポインセチアには祝福って花言葉があるらしいよ。舞花にも何か素敵な
ことあると良いね。…ごめん、今日はもう行くね。
これだけ渡したかったんだ。〟
そう言って彼はそそくさと、この近くにある自宅へと帰っていった。


キラキラ光るイルミネーション
どこもかしこもクリスマスモード1色で
幸せな雰囲気を演出している。

頭の中で、さっきの別れ際の会話が繰り返されていた。

好きになった相手にすでに恋人や配偶者がいたとき、その関係を心から祝福し応援できる人は
この世界にどれくらいいるんだろう?

カラフルな光の点滅をぼんやり見つめながら、
そんなことを考えた。少なくとも私はそっちの人間じゃない。祝福や応援なんて到底出来そうにない。

自分が不倫には不向きな人間だという自覚はあったはずなのに…。
ふと、昔聞いた一回り上の先輩の話を思い出した。

〝不倫には作法があるの。間違っても彼の1番になろうとしたり家庭を壊すような事はしちゃダメよ。彼から学びたかったもの、欲しかった何か…私の場合は父親のような愛を経験したかったんだけど、そういう物を吸収しきったらキッパリ身を引くの。〟

それを聞いたとき私は不倫には向いていない、そう思った。どうしたって1番になりたい、その人の
全てを欲しい、そう思ってしまうだろうから。

陽介は前の職場の同僚だった。私が気持ちを打ち明けたときにはすでに恋人がいて、彼女も同じ職場だった。私と彼女はさほど接点は無かったもののお互い顔と名前は知っていて挨拶する程度の感じだった。

陽介は私の気持ちを知った後も態度が冷たくなることはなく…むしろ優しく接してくれた。

彼女が退職してカフェをオープンさせることになり、そのタイミングで2人は結婚した。その半年後くらいに私も退職して。

退職しても陽介と連絡を取ることはあったし、SNSでもお互いの近況は知っていたし、度々2人で会うなんてこともあった。
不倫なんて私には縁がないと思っていたのに、
いつの間にかその深い沼の中に足を入れてしまっていた。

1年ほどそんな関係が続いていたけれど、最近は
なんだか少しずつ距離を感じている。

どうやら奥さんが妊娠したらしい。

2人で会うということはほぼ無くなってきた。
アタマでは分かっている。もう陽介は、終わりにしたいのだろう。
私は陽介のSNSを見て、2人でいる投稿を目にしては嫉妬したり腹を立てたりどす黒い感情に支配されていった。
見なきゃいい。そう思ってミュートにしたって、
ふと気になって見てしまう。
辞めてしまえばいいのかもしれないけど、お互いの共通の知り合いも多いため、スパッと陽介を外すことも、SNSを辞めてしまうことも出来なかった。


リップを塗り直して店を出て、駅とは反対方向に
歩き始めた。静かな住宅街へと入っていく。ビニール袋の中のポインセチアには、店が付けたメッセージカードがついている。

〝舞花にも素敵なことあると良いね…〟
〝祝福って花言葉が…〟
また陽介の言葉が頭の中で再生される。
他の誰かと幸せになれってこと?
…深読みしすぎ?

でも、陽介はモノをはっきり言わない質だ。
そのズルい優しさに甘えてここまで来たけど、その優しさに腹が立っていた。

いや、優しさなんかじゃない。ただのズルい男だ。これで私が陽介の意のままに身を引くなんて、そんなの釈然としない。大体私の気持ちを知っていながら、奥さんのカフェに私を呼ぼうとするなんて、どんな神経してるんだろう。

カードを出して〝Merry Christmas〟の横にキスマークをつけ、バッグから香水を取り出してカードの裏に吹き付けた。リップも香水も、どちらも私のお気に入りで、陽介がプレゼントしてくれたもの。

…全てリセットしたい

もう私から連絡することなんて無い。
今度こそSNSも全部辞めてスッキリしたい
最近よく聞く人間関係リセット症候群の気持ちってこういうことなんだろうな、なんて妙に納得してしまう。

そうこう考えているうちに、陽介の家の前まで
来た。
まだ部屋の灯りはついてる
歩みを止めることなくポインセチアを敷地内に
そっと置いて去る。

12月の星空を見上げながら駅に向かった。
オリオン座がこっちを見てる気がした

こんなことが何かになるとは思っていない。
そんなことで2人の関係が揺らぐことも陽介が私の
元に来ることも無いことくらい分かってる。
それでも陽介に何か爪痕を残したかった…

きっと先輩なら、1点の汚れも残さず相手の元を
去るんだろうな。
私にはそんな強さも潔さも清らかさも無い。

でももう、これで全てリセット。
キッパリSNSも辞めて、引っ越しでもしようかな
髪型もメイクも服装も全部変えて
ちょっと旅に出てみたりなんてしても良いかも。


陽介からの祝福なんていらない

私が、これからの私の人生を祝福するの





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