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「フレンパ」~友だち以上父親未満~ 第17話

数日後、吾朗は初夏を思わせる暑さの中、携帯電話の地図アプリを片手に見ながら、表参道のメインストリートを歩いていた。

「ちょっと調べたいことがあるから」と、会社のチームリーダーに告げ、平日の午後、港区にある帝国通運本社を出た吾朗は、表参道の人波につられるように歩調を合わせながら、数日前に飲茶をした際、十和子と交わした会話を思い出していた。

「亜矢子さんって、カラオケボックスでの騒動があった後、すぐに会社を辞めたけど、今は何をしてるの?」

吾朗は、十和子との会話から、自分の何気ない言葉が亜矢子の気持ちを傷つけてしまっていたことを知り、今の様子が気になっていた。

「アプリ開発の専門学校に通った後、士業の先生に頼らず自力で会社を作ったのよ。社員は自分ひとりだけど、社長をしてるわ」

十和子はそう言って、亜矢子が設立した会社、WAP(ワップ)が所在地としているシェアオフィスの住所を教えてくれたのである。そして、そのシェアオフィスは、表参道のメインストリートと、明治通りが交差する神宮前交差点にほど近い、通称キャットストリートと言われる小さな路地の通り沿いにあった。

「ここか・・・」

小さな立て看板の表示に従って、吾朗は、シェアオフィスの入り口前にある中庭のような空間に入っていった。ここには、多くの会社が入居しているらしく、入ってすぐの右手には、各社の名前を表示した郵便ボックスが、まとまった状態で設置されている。その中には、十和子に教えられたWAPの社名が記載された郵便ボックスもあった。

吾朗は、セキュリティ上、勝手に入ってはいけないと承知しつつも、恐る恐る一階の入り口を開けようと、ドアノブに手をかけたのだった。

「こんにちは~」

突然、背後から若い女性の声が聞こえた。そして吾朗は、その瞬間、ハッとしてドアノブから手を離した。

「すみません。こちらに入居されている方に用事がありまして・・・」

そう言いながら、振り返った吾朗の視線の先には テイクアウトのコーヒーカップと紙袋を持つ若い女性の姿がいる。それは紛れもなく若山亜矢子の姿であった。ブルーの半袖ブラウスと白のパンツというファッションセンスは、十和子の影響があるように感じる。三年前に、カラオケボックスで吾朗の隣に座っていた亜矢子よりも、今の彼女は幾分か大人びて見える。

亜矢子は、吾朗を見ると一瞬だけ驚いた顔をしたものの、パッと表情を変えて「綾島次長?」と怪訝そうな顔で聞いてきた。

「ごめん。アポなしで、急にお邪魔しちゃって・・・」

頭のうしろを掻きながら、さらに吾朗は照れくさそうな表情で、「もう、次長じゃないけどね。今は・・・」と言いかけたところで、言葉を止めた。

「一般社員、でしたっけ・・・。数日前に母から聞きました」

亜矢子が吾朗に近づきながら、言葉の後を引き受けるように、そう言ったからである。

「そんな、一般社員なんて、気を使わなくても・・・、平社員でいいよ」

「あの・・・、これまでのこと、すべて母から聞きました。それと近いうちに綾島次長が、ここへ来るかもしれないってことも」

「そっ、そうだったんだ・・・。でも、あのっ、その次長ってのは・・・」

「ふっ、そうでしたね。じゃあ、綾島さんということで」

微笑んだ口元を手で隠しながら、そう言う亜矢子の表情には、吾朗に対する警戒心や敵対心は見当らない。そんな亜矢子の表情を見て、若干の安心感を覚えた吾朗であったが、勇気を振り搾る覚悟で、次の言葉を切り出した。

「忙しいかもしれないけど、ちょっと話せるかな?」

「ええ。それじゃ、ここでもいいですか?」

亜矢子は、そう言って、ふたりの間に置かれてあった、テラス用のテーブルと椅子を手で示し、「どうぞ」と、吾朗へ座るように促した。

「ありがとう」

そう言いながら、椅子に腰をかけた吾朗は、この段階で相当のエネルギーを費やしたと思えるほどに脱力感を感じていた。それは、額から滲んで、こぼれ落ちる汗たちが物語っていた。

「ちょっと、暑いですよね。天気もいいし」

亜矢子は、そう言うと、テーブルに置いたテイクアウトの紙袋から、紙ナプキンを取り出して、それを吾朗に渡した。

「ああ、汗ね。そんなに汗かきじゃないんだけどなぁ~。ありがとう」

吾朗は、亜矢子から紙ナプキンを受け取りながら、独り言を言うように話し、額の汗をぬぐった。

第18話へ続く。

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