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大空には無数の星がきらめこう ―文化・文明の結節点スペイン・カタルーニャ地方はガザ和平を願う

 明後日は七夕だが、現在、日本語でも使われる星の名前は、アラビア語起源のものが多い。たとえば、「おおいぬ座イプシロン星(アダラ)」はアラビア語の「アル・アダーラー(乙女たち)」だし、「おおぐま座アルファ星(ドゥベー)」はやはりアラビア語の「アル・ドゥブ(熊)」から派生している。

 フランス人として初めて教皇(シルウェステル2世、在位999~1003年)になるオーリャックのジェルベール(940頃~1003年)がいる。彼はスペインのカタルーニャ地方で、アラブの数学や天文学を修め、アバカス(そろばん)や天体観測儀であるアストロラーブの解説書を著し、当時ヨーロッパ世界では解くことができなかった数学にも解法を与え周囲を驚かせた。アラビア科学の成果を自分の弟子たちに伝え、神聖ローマ帝国のオットー3世に政治的アドバイスをも与えるようになった。

カタルーニャ州・バルセロナ市の位置 https://flamigo.hateblo.jp/entry/2019/09/29/030702

 アラブ人たちはインドからゼロの概念を採りいれ、現在我々が使用する0、1、2、3、4、5・・・などの数字はアラブ人がインドから採りいれたもので、ローマ数字や漢数字と違って0記号があることでアラブ世界では数学が発展していった。現在では数式に「0」がないことなどまったく想像しにくいが、この「0」によってアラブ世界はアラビア数学の大家であるフワリズーミー(780頃~850年頃)などの先駆的業績を残すことになり、彼の新しい数学は方程式とルートによってつくり出され、その業績によって数多くの幾何学や数学の問題が解決された。ジェルベールは、西欧世界でアラビア数字を最も早く習得した人物の一人であり、当時のヨーロッパでは解けなかった数式に解を与え、驚嘆をもって周囲から見られるようになった。

オーリャックのジェルベール 初のフランス人ローマ教皇・シルウェステル2世の像 https://bushoojapan.com/worldhistory/france/189

 スペイン北東部の言語であるカタルーニャ語は、1937年に成立したフランコ独裁政権の下では使用が禁止されていた。世界的なチェリストであったパブロ・カザルス(1876~1973年)もフランコの弾圧政治を嫌って1939年にカタルーニャからフランスに逃れた。カタルーニャ語の使用が認められるようになったのは、1975年にフランコが没して、さらに1978年にカタルーニャ自治憲章でカタルーニャ語が公用語になってからのことだ。カザルスは、有名な1971年10月24日の国連総会での演奏会で「鳥の歌」を演奏したが、「カタルーニャでは鳥はpeace, peace, peaceと鳴きます」と聴衆に向かって語り、「この歌はバッハやベートーヴェンなど偉大な音楽家たちが愛し、耳を傾けたメロディーであり、カタルーニャの魂なのです。」と訴えた。

 昨年11月24日、カタルーニャ州の州都バルセロナ市はガザ紛争で恒久的な停戦が成立しない限りイスラエルとの関係を断絶すると宣言した。この宣言はハマスとイスラエル双方による民間人に対する攻撃を非難するとともに、ガザ住民に対するイスラエルの集団的懲罰、強制退去、住宅や公共インフラの破壊、エネルギー、水、食料、医薬品の供給の停滞に対して抗議を行っている。これをハマスが歓迎し、ハマスは、このバルセロナ市議会の決定が人道主義、自由や正義の価値観の勝利だと主張し、世界の都市がこれに続くことを呼びかけた。

 ナチス・ドイツに近かったフランコ独裁政権に対する反発からイスラエルは、スペインの国連加盟に反対し続けたことなどもあって、スペインとイスラエルが外交関係を樹立するのは1986年のことで、イスラエルが独立宣言を行ってから40年近くも経過していた。欧米の大学では4月から5月にかけてガザとの連帯を示すキャンプが行われたが、スペインでは抗議する学生の逮捕者は皆無だった。スペインでは多くの大学でガザ連帯キャンプが見られたが、教職員たち2、000人も学生への支持を表明するなど、イスラエルのガザでの人権侵害に対して教員、学生とも一致して非難の声を上げた。スペインの大学では、ハマスの「攻撃」を一方的に非難するのではなくて、パレスチナ人に暴力をふるうヨルダン川西岸のイスラエル人極右入植者たちの活動は戦争犯罪であり、人道に対する罪であるという主張が目立っていた。

バルセロナ市はイスラエルとの交流を断った バルセロナのガザ連帯デモ https://www.commondreams.org/news/barcelona-israel

 バルセロナのサクラダ・ファミリアの「生誕のファサード」には「希望」「慈悲」「信仰」の門がある。このような宗教的観念、価値観はイスラム、ユダヤ教、あるいは仏教にもある。これらの門は、イスラム神秘主義詩人のルーミー(1207~1273年)の「すべての宗教は、同じ一つの歌を歌っている。相違は幻想と空虚に過ぎない。」という言葉を改めて思い起こさせるものだ。サクラダ・ファミリアの装飾では、野ばらで信仰心を表したり、ナシ、モモ、スモモ、サクランボで人の熟した魂を表現したりするのは、イスラム世界の文様であるアラベスクを想起させる。

サグラダ・ファミリア https://www.britannica.com/topic/Sagrada-Familia

 天空を眺めればナショナリズム、テロリズム、人種差別など現在国際社会が抱える問題は矮小なものに思え、政治指導者たちは国際協調の大切さを共通の認識としてほしいものだ。パレスチナ人への共感を示すバルセロナ市の姿勢はイスラム、ユダヤ、キリスト教が共存していたイスラム・スペイン時代の寛容を彷彿させるものだ。

「愉しめよ、悲哀は限りなく続き、大空には無数の星がきらめこう。おまえの土で焼かれる煉瓦は、いつか他人の館の塀になろう。」―オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』

表紙の画像は仙台七夕 https://icotto.jp/presses/16732



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