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カスタマーハラスメント対策義務化を巡る最新動向

自己紹介

ベターオプションズ代表取締役・慶應義塾大学特任助教の宮中大介と申します。メンタルヘルスや組織開発関連ビジネスの開発支援、人事・健康経営関連のデータ分析に従事するほか日本カスタマ―ハラスメント対応協会の顧問を務め、慶応義塾大学でメンタルヘルス、ワーク・エンゲイジメントに関する研究教育にも従事しています。株式会社ベターオプションズ:


はじめに

最近一部報道でカスタマ―ハラスメント対策を企業に義務付ける法案が与党内PTで検討されていることが分かりました。順調に行けば来年度の国会に提出され成立、再来年度4月以降に施行となる可能性があります。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA137IJ0T10C24A5000000/

そこで今回は、今なぜカスタマ―ハラスメント対策が求められるようになったのか、予想される法案・指針の内容、企業等に対するインパクトについて整理してみたいと思います。

カスタマーハラスメント対策義務化に至る背景・経緯

まず、カスタマーハラスメントに対応する事象はおそらく人類のビジネスが誕生して以来存在していたたことを押さえておく必要があります。日本においてもコンビニエンスストア、コールセンター、タクシー運転手、鉄道員、空港のグランドスタッフ、教員等に対する暴言、暴力、無断撮影した動画のSNSでの拡散等が発生しており、「悪質クレーム」、「モンスタークレーマー」、「モンスターペアレント」といった言葉は存在しました。しかし、殊日本の対人サービス業にはクレームを通じてサービス品質を向上させていくという考え方や「顧客がクレームに至ったのは対応側にも責任がある」、「カスタマーハラスメントは表に出すのはプロ失格であり恥ずかしい」という考え方も根強く存在し、事業主側の対応の問題とされる時代が長く続きました。

この流れが変わったのは急速な労働力人口の減少とアベノミクス以降の景気回復に伴う対人サービス業の人手不足が背景にあると考えられます。同時に、対人サービス業の業界団体から被害の実態を捉えた報告書が複数公表され、対人サービス業としてのカスタマーハラスメントに対する姿勢、考え方が表立って変わってきたこともあり、「カスタマーハラスメント」を旗印として企業への対策を義務付けを求める意見が高まってきました。

UAゼンセン 「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査 分析結果 迷惑行為被害によるストレス対処及び悪質クレーム行為の明確化について」

https://uazensen.jp/2020/12/22/3388/

国土交通省 「はじめて鉄道係員へのカスタマーハラスメントの現状を把握しました!」

https://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo02_hh_000195.html

空港グランドハンドリング協会 「カスタマーハラスメント対策調査結果」

https://agha.jp/file/20240115_1.pdf

直近では厚生労働省による「職場のハラスメントに関する実態調査」においても、顧客等からの著しい迷惑行為」としてカスタマーハラスメントが調査されるようになっています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40277.html


出所)厚生労働省厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40277.html

こうした現場でのカスタマーハラスメントの被害に関する訴えや一部の研究者によるカスタマーハラスメント対策の重要性を訴える動きを受けて、令和2年度から施行されたパワーハラスメント対策を義務付ける指針の中に、「顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組」も有効と考えられるという文言が含められたのは大きな出来事でした。本来、パワーハラスメントとは性質の異なるカスタマーハラスメントが含まれた背景には、カスタマーハラスメントを巡る現場からの訴えや対策を求める世論があり、厚生労働省としても問題意識があったと考えられます。

出所) 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して 雇用管理上講ずべき措置等についての指針 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf

その後さらに、テレビや新聞等でカスタマーハラスメントの事例が取り上げられることが多くなり、国に先駆けて地方自治体で条例化の動きが出てきました。たとえば東京都においても条例化の動きが進んでいます。

https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/plan/koyou/kasuhara/

こうした動きを受け政府サイドでもカスタマーハラスメント対策の義務化への流れが出来上がっていったと考えられます。

カスタマーハラスメント義務化法案の予想される内容

今回のカスタマーハラスメント対策は、労働施策総合推進法の改正により制度化されることとなることから、労働施策総合推進法で既に規定されているパワーハラスメント対策と同様の建付けになることが予想されます。

労働施策総合推進法においては、第三十条の二以降に「職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」としていわゆるパワーハラスメント防止措置を事業主に義務付けています。法律ではパワーハラスメントを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」と定義し、事業主に求める対策の具体的な指針で定めるという形になっています。

事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf

今回のカスタマーハラスメント対策も、法律でカスタマーハラスメントの定義を与え事業主に措置を求め、カスタマーハラスメントの具体例や事業主に求める措置の具体的な内容は指針で定めるものと思われます。

カスタマーハラスメントの定義については、厚生労働省によるカスタマ―ハラスメント対策企業マニュアルにおいて次のように定義されており、おそらくこの表現が踏襲されるものと思われます。要求内容の妥当性、要求を実現するための手段・態様の相当性の2つの軸で判断され、要求内容が妥当かつ手段・態様が相当でなければカスタマーハラスメントとなることがポイントです。

出所)カスタマーハラスメント対策企業マニュアル https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf

カスタマーハラスメント義務化で予想される対策措置とは?

現在のパワーハラスメント対策義務化では、10個の措置を事業主が必ず講じなければならないとされています。この10個の措置はおそらくカスタマ―ハラスメント対策義務化でも踏襲されると思われますが、カスタマ―ハラスメントの特性に合わせて求められる措置の内容が修正、追加・削除される可能性はあります。パワーハラスメント対策義務化で求められている10個の措置を参考に、カスタマーハラスメント対策で予想される措置を検討してみたいと思います。

まず、事業主の方針等の明確化および周知・啓発として下記2つの措置が求められています。

①職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること

②行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等文書に規定し、労働者に周知・啓発すること

カスタマ―ハラスメント対策の場合は行為者が顧客等であり事業主として直接処分・懲戒が出来ないことから、カスタマ―ハラスメントに対する方針の明確化等が求められるものと思われます。その内容には悪質な場合は警察に通報するといった毅然とした対応も含まれることが期待されます。たとえば、JR日本においてはカスタマーハラスメントに対する宣言文書を公開しており、参考になります。

https://www.jreast.co.jp/company/customer-harassment/

次に、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備として下記2点が求められています。カスタマーハラスメント対策においてもほぼ同様の内容がカスタマ―ハラスメント対策としても求められると思われます。

③ 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること

④ 相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにすること

職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応としては下記の4点が求められています。カスタマーハラスメントの場合行為者が顧客等であるため、⑦は修正される可能性があります。

⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認すること

⑥ 速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと

⑦ 事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと

⑧ 再発防止に向けた措置を講ずること

併せて講ずべき措置としては下記2点が求められています。ほぼ同様の内容がカスタマーハラスメント対策においても求められることが予想されます。

⑨ 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨労働者に周知すること

⑩ 相談したこと等を理由として、解雇その他不利益取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

企業に及ぼすインパクト

特に対人サービス業においては、これまでのセクシュアルハラスメント対策、パワーハラスメント対策の義務化以上のものとなると考えられます。労働力確保が困難である状況は今後も継続あるいは加速することが予想されるため、カスタマーハラスメント対策を実効性のあるものとし、対外的にPR出来ない企業・団体では人材採用が困難となるほか、従業員の離職増加の恐れがあり、最終的には事業継続が難しくなる可能性さえあります。
一企業・一団体としての取り組みでは限界があるため、対人サービス業界全体としてカスタマーハラスメント対策に取り組み、対外的に発信することも必要になってくると思われます。


以 上

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