見出し画像

#10 ドラちゃんの訪問。

某大学の学生をしている息子のドラちゃんが、我が家に遊びにきた時のことです。
「やあ、久しぶり」(ドラちゃん)
「よく来たね」(わたし)
実は、再婚相手のテル坊と私の息子のドラちゃんが会うのは、この時で2回目でした。まだ顔見知りの領域にも達していない、うすっぺらな関係です。ドラちゃんがやってくることが決まった時、私は少しだけドキドキしていました。テル坊はあまりおしゃべりなタイプではないからです。男同士のドラちゃんとテル坊が、二日間の短い滞在中、ほどよい距離を保ちつつ和やかに過ごせるものなのだろうかと考えてしまったからです。

「まあ、なんとかなるだろう。ドラちゃんの性格からして」
ドラちゃんは子どもの頃から人懐こく、友達の家にいりびたるタイプでした。保育園の頃から仲良しだった友達の家には、小学生になってからもちょくちょく泊まりに行っていましたし、小学6年の時にすごく気の合った友達のところでは、その子のおばあちゃんに「二人目の孫」として可愛がられていました。私にはそのような特技は全くないので、どうしてドラちゃんにそのようなスキルが身についたのかは謎です。きっと母子家庭で何かと心細く感じることも多い暮らしの中で、家族以外の人と仲良くやっていくスキルを生き延びるために磨いていたのだろうと思います。

我が家にやってきたドラちゃんは、はじめのうち借りてきた猫のように大人しく、礼儀正しく振舞っていました。
「せっかくだし、近くにある有名な神社にお参りでも行こうか」
車で一時間ほどの神社まで、私とテル坊、ミドリー、ドラちゃんの4人で出かけました。ドラちゃんは背が高いので、ゆったり座れる助手席に収まり、テル坊がハンドルを握ります。車内はBGMにラジオが流れていて、無理におしゃべりしなくても、居心地の悪さは感じずにすむ環境です。後部座席に座るミドリーはイヤホンをつけ、すぐに自分一人の世界にこもってしまいました。私はのんびりと窓の外をながめていました。

気がつくと前の席がワイワイとにぎやかです。なんだ?なんだ?見てみると、楽しそうに話をしている低い声の持ち主は、なんとテル坊。運転しながらご機嫌な様子で、ドラちゃんを相手に大きな声でおしゃべりしているではありませんか。
「ねえ、ねえ」
となりに座っているミドリーが、小声で私の肩をつつきます。
(テル坊がしゃべってる!、しゃべってる!)
ミドリーが目を大きく見開いて私にジェスチャーで合図をくり出します。
(シー、だまって)
せっかく男同士の楽しいおしゃべりが始まっているのだから、邪魔をするのは無粋です。

結局、車中にいる間も、神社でお参りの行列に並んでいる間も、テル坊のおしゃべりは止まりませんでした。テル坊が私を相手に、ここまで話し倒すことは、かつてありませんでした。どうやら男同士だと、話題の幅が広がるようです。スポーツのこと、政治のこと、経済の変化などなど、一般常識的な話題を熱く語る相手に、ドラちゃんはふさわしかったようです。あいづちも上手なドラちゃんはテル坊の話をさえぎりません。それも私とは真逆な反応です。私にはすぐに話題を自分の話にすり替えてしまう癖があるのです。

「負けた、負けてしまった」
テル坊とドラちゃんが仲良く過ごせるかを心配していたはずだったのに、私自身が、妻としての自分の立ち位置を見失ってしまったのです。テル坊は無口な男ではなかった、ただ私を相手にすると無口なだけだったのです。

その日一番楽しそうだったのはミドリーでした。
「見て見て、あんなにテル坊しゃべってる!」
神社でも指さしながら、はしゃいでいました。自分の知っている人の意外な一面を見ることほど愉快なことはないのでしょう。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。サポートしていただけるなら、執筆費用に充てさせていただきます。皆さまの応援が励みになります。宜しくお願いいたします。