番外編 旅立ちの日
え!私が旅立っちゃったのか!?とびっくりする人もいるかもしれないけど、そうじゃない(だってこれ、書いてるしね、笑)。手術から約1年たった2024年8月15日、娘が、オランダの大学院で勉強するために、イタリア・トリノの家から旅立っていったという話です。
旅立ちの理由
一人っ子の彼女と私は、料理人をしていた私の夫、つまり彼女のパパがいつも家にいなかったということもあり、2人で過ごすことがほとんどの、母子家庭のような環境だった。だから、と言えるかどうかはわからないが、私と彼女はとても仲の良い母娘だった。と同時に激しい喧嘩もよくしていたけど。
彼女が大きくなって、私は夫と別居して、それから彼女は大学生になった。家から電車で1時間、そこからバスで15分ほどの大学に通うために、彼女は大学の近くの小さな町でアパート暮らしを始めた。日本だったら1時間ちょっとなんて通いなさいよ!という距離かもしれないけど、イタリアでは電車の本数が極端に少ないとか、時間通りに来ないとか、あるはずの電車が予告なしに無くなったり!するので、通うのはとても大変なのだ。
その頃の私は、家を出て一人暮らしを始める彼女を見ても、まだ子供だから、高校を卒業したばかりの子供だから、大学が終わればまた帰ってくるのが当然だと思っていて、寂しいとか悲しいとかは全く思わなかった。今思えば、そのままどこか遠くの街やよその国へ行って就職してしまう可能性だってあったのに、とにかくその時はそんなことは考えもしなかった。
でも今回は違う。大人になった彼女が自分の将来を考えて、自分の道を歩き始めるための長い旅路への出発なのだ。
こんなに寂しいなんて
抗がん剤の治療をしている間は、彼女が住んでいたブラという町から毎週トリノの家に帰って来てくれて、病院への送り迎えや、具合が悪い時のために食事を作りおいてくれたりした。治療が終わったばっかりだった去年は、いつもの夏なら友達と遊び歩いて家になんか寄り付かなかった彼女が、のんびりと家にいて、私と一緒に過ごしてくれた。だから一緒にいる癖がついちゃったのかもしれないね。彼女の出発が決まってから、自分でも驚くほど、寂しさが胸にこたえた。
出発の3日ぐらい前になると、泣いちゃダメ、元気のいい明るいママとして送り出さなきゃ。そう思えば思うほど、目のまわりがじゅっとしてしまって、まずいなあ、と思っていた。そしてどんなにがんばっても、出発の朝はやってきた。
イタリアだもん、泣いてもいいよね。
トリノの空港まで見送りに行って、チェックインも終わり、「じゃあ、そろそろ行くね」と申し訳なさそうに彼女が言った。私はそうだね、なんて言いながら、グレースの頭を撫でるふりをした。そして半泣きの顔を見せないようにグレースの方を見たまま、荷物検査の入り口まで一緒に歩いた。
いよいよここから先はお別れというゲート前に着いて、ふと顔を上げると「ダメだね、泣いちゃうね」と、真っ赤な顔をした娘がこっちを見た。そっか、サラも悲しいのか。泣いてもいいよね、ここはイタリアだもん、悲しい気持ちを隠さなくたっていいんだよね。ぎゅうっとハグをして、チュウをいっぱいして、そして彼女はゲートの向こうへ消えていった。何回も何回も振り返って、手を振りながら。
昔、私がイタリアから日本に一時帰国して、そしてイタリアへ戻る度、私の母は成田空港に見送りにきてくれていた。ゲートのところでこんなふうに、ずっとずっと見送ってくれる姿を見るのは、淋しいような申し訳ないような、そして少しだけ、もういいのになあ、という気持ちも入り混じって切なかったことを思い出した。たからサラにはそんな思いをさせないで、さっさと行ってしまうクールなママを演じたほうがいいか、それとも、いつまでもいつまでも手を振る愛情溢れるママの方がいいか。そんなふうに悩みながら、いつまでも帰れずにいたら、今度こそ本当に、彼女はゲートの奥へ消えていった。
嬉しくて誇らしくて、そして少し悲しい
トリノとオランダは飛行機で2時間。会おうと思えばすぐに会える。クリスマスにもパスクワ(復活祭)にも帰ってくるよ、彼女はそう言ったけど、私は、そして彼女自身も、私たち母娘の歴史は、違うフェーズに入ったことを実感していた。誇らしい気持ちと、お別れの悲しさとが入り混じっていた。
もう、母と子供として一緒に暮らすことはないかもしれないという、悲しい、というのとはちょっと違う、予感のようなもの。大人として自分の道へ踏み出して行く娘が、自分一人の、ママとセットではない自分だけの人生をこれから作り上げていく。その側に私もいるかもしれないけど、いないかもしれない。それでいい、そうじゃなきゃダメなんだ。そんな寂しさと誇らしさが入り混じった気持ちを抱えて、帰り道を一人、運転した。運転席の後ろには、グレースがいつものようにニコニコ、ハアハア、と座っていた。
再発は絶対にしない!
だからこれから私には、とてもとても重要なミッションが待っている。それは絶対にがんを再発させないことだ。一人娘の彼女だから、夫と別居している私が、もしもまた治療することになったりすれば、心配して帰ってきてしまう、彼女の道を阻むことになってしまう。それだけは絶対にダメ。
筋肉からがんを予防するホルモンが出るという研究結果も発表されているから、運動も筋トレもたくさんしよう。おひとり様の食卓でも、手を抜かずにちゃんと食べる。がんが大好きだというお菓子は食べない。たくさん寝て、たくさん本を読んで映画も見て、アペリティーボも飲みに行く。そして仕事も頑張る。親は元気で遠くがいい、と彼女がいつも笑っていられるように。
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