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みかちゃんのパッシート。 そして脳みそトロけるチョコレートとの マリアージュ。

浅草でワインバー「ヴィネリア・ピンコ・パッリーノ」をやっている浅井ミカちゃんは、とにかくすごい女だ。

「すごい」にはいろんな意味があるし、私が知っている彼女は、彼女の一部分でしかないんだと思うけど、私が彼女を「すごい」と思うのは、好き!やりたい、欲しい、と思ったモノ・コトにはぜんぜん躊躇しないでまっしぐら、どんな苦労も障害も、他人からの非難轟轟もなんのそので突っ走る。そんなパワーを持っているからだ。

そんな彼女が世界一愛しているのは、ピンコ・パッリーノ店長こと愛犬のジョジョくん。
店の人気商品パネットーネを試食しようか検討中の図。

イタリア語もたいしてできないまま突然イタリアに飛び、ソムリエになることを決意したり。

イタリアのトリノに住んで、世界的に有名なワイン生産者を、遠慮も臆することもなくどんどん訪ね歩いて勉強したり。なんとトリノから80キロぐらいの道のり(しかも山道!)を、スクーターに乗って突撃訪問していたとか。

その押しの強さと愛情の深さが次々とイタリア人を骨抜きにしたから、後に彼女が大阪で最初のワインバーをオープンした時には、大阪の新地にあった地下の小さな店に、アンジェロ・ガヤやらエリオ・アルターレといった、イタリアワイン好きにとっては神様みたいな人たちが「ミカに挨拶しに」次々と訪れたという。

ピエモンテから到着したヘーゼルナッツ検品中の店長。
掃除を監督する店長。

そんなに大好きなイタリア、ピエモンテも、ある決意をした途端にさっさと別れを告げ、日本に帰ってワインバーをオープンしたり。

ぼろぼろのビルを一軒まるごと借り切り、自分で全館改装してオープンした
「ヴィネリア・ピンコ・パッリーノ」

そんなミカちゃんが、ほんとうはこれの専門店をしたかった、というほど好きだというのが「パッシートワイン」。

パッシートワインというのは、収穫したぶどうを陰干しして水分を抜き、糖度や香り成分を凝縮してからワインに仕込む、甘く香り高いデザートワインの一種。シチリア、パンテレリア島の「パッシート・ディ・パンテレリア」なんかはとても有名だけど、イタリア全国いろいろなぶどうで、いろいろなパッシートワインが作られている。

カントゥッチを浸して食べるので有名なトスカーナの「ヴィン・サント」もパッシートの一種だし、パッシートの製法でぶどうの糖度を上げておいて、その糖分をギューっとアルコール発酵させて辛口ワインに仕上げたのが、ヴェネト州の超高級赤ワイン「アマローネ」だ。

で、ミカちゃんの最近のお気に入りは、そのパッシートとチョコレートを合わせて楽しむコト。もちろん、パッシートもチョコレートもなんでもいいわけではなくて、その組み合わせは慎重に選ばれる。

9月の前半に収穫されたぶどうは、フルッタイオと呼ばれる温度と湿度を管理した専用の部屋で
1月ごろまで干し、糖度とポリフェノールを凝縮させる。

たとえば「レチョート・ディ・ソアヴェ」。レチョートとは、ご存知、ヴェネト州で作られる甘口ワインで、これもやっぱりパッシートワインの一種。上質なソアヴェ・クラッシコを作るコトで知られる「モンテ・トンド」社の、「ネッタレ・ディ・バッコ」=バッカス神のネクターと名付けられたレチョートは、ソアヴェ用のぶどうガルガネガ種特有の、いつまでも若草のようなフレッシュ感と、それでいて干し草のような香ばしい香りが混在していて、飲んでいてどんどん幸せが増していく、そんな1本だとミカちゃんは言う。

「Nettare di Bacco=バッカス神のネクター」こと、レチョート・ディ・ソアヴェ。
ネクターっていうとフルーツのジュースを連想しちゃうけど、
ギリシャ神話に登場する神々が飲む生命の酒、という意味だそうだ。

そして同じく「モンテ・トンド」のレチョートながら、スプマンテに仕立てた「レチョート・ディ・ソアヴェ・スプマンテ」はもはや、「金色のつゆ」と呼びたくなる至福の1本だそうだ。

その「黄金のつゆ」を、トリノの老舗チョコレート店「クローチ」の極上ジャンドゥイオットと合わせる。ビロードみたい、なんてありきたりな言葉が浮かんできちゃうほどの滑らかな舌触りと、圧倒的なヘーゼルナッツの香りが、レチョートの華やかな甘味と重なり合って、幸福感がおしよせて来る。

まさに金色のつゆ!

トリノの老舗チョコレート店「クローチ」についてはこちら。

クローチのジャンドゥイオットについては、こんなエピソードがある。ずいぶん前の話になるけれど、私はある時、日本の、某高級洋菓子店の敏腕社長から頼まれごとをした。トリノのジャンドゥイオットを日本でも輸入販売したいから、まずは試食をしたい、だから有名店のものを見繕って買ってきて欲しいと。そこでトリノ中の老舗、有名店、人気店のジャンドゥイオットを買い集め、神戸の本社に届けた。その中に、全くマイナーだけど私一推しの「クローチ」のものもこっそりしのばせて。

トリノの街の地味〜な一角にある地味なお店だけど、生粋のトリネーゼの心をガッチリと掴んで
はなさないクローチのジャンドゥイオット。

試食をした社長は、有名店人気店のものには目もくれず、「コレ、すごくいいな」とクローチのジャンドゥイオットを選んだのだった(残念ながら、直後にリーマンショックが起き、プロジェクト自体没になってしまった)。

ソアヴェのレチョートとジャンドゥイオットが至福の瞬間なら、脳みそがとろけて別の世界へいっちゃうほどおいしいのが、「レチョート・デラ・ヴァルポリチェッラ」と「クローチ」のドラジェの組み合わせだとミカちゃんは言う。

一番手前のボトルが「レチョート・デラ・ヴァルポリチェッラ」

ミカちゃんが惚れた「コルテ・ルゴリン」のヴァルポリチェッラのレチョートは、アマローネを作るのと同じぶどうを同じ期間干し、40%水分を凝縮させて甘口のパッシートに仕立てたもの。40%も水分を飛ばすなんて荒技(?)は、とても健康で上質なぶどうが収穫できた年にしかできないという。カビが生えたり、糖度がうまく上がっていかないなどの問題が起きるからだ。日照時間が短くて寒い夏だったり、収穫時に雨が降ったりしてもダメだから、本当に条件が揃った選ばれた年にだけ作ることができる。

「神様からのお裾分けです」。うっとりと説明してくれるミカちゃんであった。

ちなみにこのレチョートは、ヴァルポリチェッラのワインの中でも一番古い歴史を持っていて、ローマ時代にはすでに「レティクム」というラテン語の名前で知られていたそうだ。「耳」という意味を持つレチョートという名前は、ぶどうのフサの中でも一番いい実がつく「耳」=フサの上の外側の部分、だけを選んで使っていたことからきているそうだ。

気のおけない友達とおしゃべりしながら、赤く甘い、神様からのお裾分けを飲み、「クローチ」のドラジェを一粒、また一粒と食べる。ヘーゼルナッツ、ピスタチオ、干し葡萄、そしてオレンジピールが上質なチョコレートでコーティングされたドラジェもレチョートも至福のおいしさで、やめられない止まらない。そんなふうに過ごす寒い夜は、なんだかすごく幸せそうだなと、今ミカちゃんは、残りの冬の過ごし方を想像してニンマリしている。





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