全く知らない高校の演奏会に行ったらノスタルジーで心が潤った
アガサ・クリスティの本を借りに図書館へ行った。最近Xでアガサ・クリスティの小説のうち、1940年代に発表された作品が面白いとバズっていたのがきっかけだ。
横文字が頻繁に出てくると、文字が羽生結弦ばりに滑ってしまうので海外小説は嫌煙していたが、最近エッセイばかり読むことに飽きてきたのでちょうどいい機会だと思った。
まずは慣らしをしようと短編集を2冊借りた。私の悪癖で、図書館に行くとつい5冊は借りてしまうが、返却期限に読み終えず手をつけないまま返す本もあった。
おかわり無料な3杯はおかわりするし、食べ放題は単価が高そうなものばかり食べる。そんな人間がちょびっとだけ本を借りるなんてお上品なことできるわけがないと思っていた。
しかし、きちんと学習して2冊に留めたのはえらい。大人の階段をつまづくように登った感じがした。
自分の精神が成長していることを誇らしく思いつつ図書館を出ようとすると、あるポスターが目に入った。
〇〇高校定期演奏会 5月25日(土)開演
どうやら地元の高校が演奏会をするようだ。
14時から開始するようで、ポスターを確認した時は13時だった。
どうせ家に帰っても、4周目になる野爆のワールドチャネリングを観るだけだ。図書館から車で4分の文化会館で演奏するようなので、すぐに車を走らせた。
しかし、実のところ不安だった。
高校生の演奏会に、ただ興味があるだけで参加していいのか。親が参加するならわかるが、縁もゆかりもない高校の演奏会を聴くなんて一種の変態なのかもしれないと。
万が一職場の人に見つかったらどうしようか。なんて説明しようか。そんな不安をバレないようにギュッと握りしめるように会場の扉を押した。
文化会館の中には、高校の生徒がちらほらいた。部員だろうか、談笑している子達もいれば1人で髪型を整えている子もいた。
適当に時間を潰していると、ゾロゾロと受付へ向かう人足が集まっている。私もその内に加わり、パンフレットを貰う。
高校生が書いたイラストが表紙で、パラパラ中身を見ると、手書き文字を読み込んで作った部員紹介が続いていた。
それはTHE・高校の催し物。ふざけた写真やトランペットのイラスト。かつてあった自分の青春と重ねて一気に懐かしくなった。
受付と会場の間にあるロビーには、来場者参加型企画ということで『千と千尋の神隠し』と『となりのトトロ』の曲、どちらを聴きたいかを多数決で決めるパネルがあった。
これは迷いなしで『千と千尋の神隠し』だ。『あの夏へ』『いつも何度でも』名曲の数々は、金曜ロードショーで何度も聴いている。
パンフレットに入っていたシールを千と千尋のボードへ貼り、どうか演奏してくれと願いながら会場内に入る。
映画館のように客席が階段状になっている会場内には、父母らしき人たちや老人がまばらに座っていた。
私も適当な席を見つけ、借りた本を読みながら開演されるのを待つ。やはり横文字が滑ってしまい、何度もページを戻した。
しばらくするとブザー音が会場内に鳴り響く。どうやら開演間際のようだ。
そこで粋な演出だったのは、開幕前の案内だ。
「お父さん、お母さん。演奏中は携帯電話の音を切ってね」
このアナウンス。狙っているかどうかがわからないが、千と千尋の神隠しのあるシーンをオマージュしていると思った。
そのシーンとは、千尋の母と父が豚にされ、ハクが「お父さんに合わせてあげる」と連れられた養豚場のような場所で言い放った「お父さんお母さん、きっと助けてあげるから」というセリフだ。
これが思い過ごしでなければ素晴らしい演出だと思う。
わかる人にはわかるオマージュを不自然にならないタイミングで織り交ぜ、「千と千尋で決まったのか?」と思わせるような激アツ展開。これにはグッと心を掴まれてしまった。
その後にも、映画泥棒を模した観賞マナーの注意やMステの登場曲をピアノで奏でながら登場する吹部(しっかり階段から降りてくる)には、観ていて飽きない演出が施されていた。
肝心な演奏は、県内でも知名度の高い高校とあって素晴らしかった。中でも『ルビーの指輪』が素晴らしく、家に帰ってから何度か聴いた。
演奏会も終盤、スポットライトを浴びた進行役が「さて、来場者の皆さんの投票によって選ばれた曲はなんでしょうか」とアナウンスすると、会場は一度暗転した。
『いのちの名前』の前奏が静かに流れる。
勝った。勝ったぞ。
静かにピアノが鳴り続ける。
会場のライトが淡い青色に移り変わる。それから『あの夏へ』『竜の少年』と続いた。
私は自分の過去を思い出していた。
校舎内にブォーーンと音が響く、放課後の学校。
帰宅部だったが、学校に残って友達と駄弁ることや彼女の部活が終わるのを図書室で待つことが日課だった。
あの頃聴いていた吹部の音は、ただの雑音だった。文化祭で演奏をしていても、考えることは「あの純粋そうな子と野球部で色黒の荒川が付き合ってるんだよな」というような演奏そっちのけのことばかりで、気がついたら演奏は終わっていた。
あの時、もう少し聴いていればよかった。
聴かなかったより、聴けなかったという方が近い。学生のときの感受性があって、何を拾い何を捨てるかは当時も未熟な私が選ぶ。
吹部が一生懸命練習した演奏や演出をバカな私は切り捨てたのだ。それを思い知った。
斜陽に照らされたグラウンドで弾けるミットの音、吹部の音楽になっていない音。廊下を歩く普段はクラスで静かな女子たちの会話。
今思うと、それら全てが青春の音だった。
演奏が終わるまでの間、懐かしさで涙が出そうだった。
「本日はお越しいただきありがとうございました。アンケート用紙をご記入いただき、受付にご提出ください」
学生のアナウスで終幕。
私は特に好きだった演奏と気に入った演出の感想を数行書いて、受付にアンケート用紙を提出して会場を出た。
帰りの車内は『いとしのエリー』のサビを何度も吹いた。汚いキス顔が対向車の運転手にお披露目される。
「かまってもっとベイベー」と呟くように歌ってみたが、恥ずかしくなってすぐにやめた。
あの頃と同じように太陽が傾いている。オレンジ色のアスファルトをボロボロの車で走り続けた。
おまけ 受付開始前に寄った喫茶店
借りた本を読みながら食べました。
シフォンケーキが噛みきれなくてフォークで食べたけど合ってます????
ナイフとか使うものかと思ってました。細かい粉がテーブル中に散ってましたよ。
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