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四年前の夏~胎芽とドラクエと私~

※流産や血の表現があります。メンタル注意


わたしは夏が嫌いだ。
単純に暑いのが死ぬほど嫌いだし、夏はあまりいい思い出がない。
唯一、毎年地元の夏祭りで仲間が集まるのは好きだったけど、出産育児やら例の感染症やらでここ数年御無沙汰だ。
夏は碌なことがない。

四年前の今日。ドラクエ11の発売日だった。
初代から全てのドラクエナンバリングと共に成長してきたわたしは、何年かぶりの新作を心待ちにしていた。

この発売日の二年と少し前、東京から離れた地方に嫁に来たわたしは、身内や友達と遠く離れ、孤独な日々を送っていた。
人と話せるのは、夫が帰宅してから寝るまでの数時間。
一人きりでは寂しかろうと夫が結婚直後に猫を迎えてくれたけど、会話は完全な一方通行。
それでもどうにか、結婚してから一年ちょっとは、結婚式だ新婚旅行だと色々忙しく過ごしていたので気が紛れた。
普遍的に見られる夫婦の流れとして、結婚式と新婚旅行が済んだらじゃあ次は子供だね、となりがちである。
正直自分が親になるビジョンなど全く浮かばなかったが、なんとなくまあ夫も周りも子供欲しいって言ってるし、仕事も引っ越した時に辞めてしまったし、何もしていないんだから妊活ぐらいするか、と思った。

2017年5月、新婚旅行から帰って一年が過ぎた。子供はまだできない。
Google先生によると、一年できなければ不妊症扱いとなり、クリニックで治療を受けるのが良いという。
ネットで調べて、ガチなところは怖かったので、少しユルそうな感じの予約不要で通えるクリニックに通いだした。レビューなどでは微妙な評価が多いが、わたしはいいところだと思った。
とりあえず最初のうちは積極的な治療はせず、検査をしつつ様子を見るとのことだった。
余談だが、この検査の中に卵巣から卵子が放出される時に通過する卵管が詰まっていないか調べる検査があって、それがクソ痛い。わたしはこの時人生二度目の迷走神経反射を起こし(一度目は腱鞘炎で受けた神経ブロック注射)、婦人科の内診台の上で股をおっ広げながら意識を失いかけた。
孤独な生活と実らない妊活に徐々に気力を失ったわたしは、大好きだったゲームもなかなかやる気になれず、日がな一日ソファでゴロゴロしながらスマホをいじり、昼間はずっと寝ていて、夫が帰ってくる時間が近付くと慌てて食事の用意をするという自堕落な生活をしていた。

それでもドラクエは夫婦揃って大好きなので、PS4版と3DS版両方予約した。
夫はPS4で、わたしは3DSで、二人で同時にできるように。
変化のない日常に少しだけ楽しみができて、発売日を待っていた。

7月の半ばごろ。体調に変化があった。
ずっと測っていた基礎体温が、いつもと違う挙動を示した。
検査してみると、ビンゴ。
嬉しさよりも、とうとうこの日が来てしまった、という気持ちが強かった。
十月十日の後に人の親になってしまうのか。だいぶ屑寄りの人生を送ってきたわたしが、とうとう。

2017年7月26日。
早速、通っていたクリニックに行った。
これからどうしよう、親なんてどうやってなるんだろう、不安しかなかったが、その不安は無事に生まれてくる事が大前提だという事にその時のわたしは気付いていなかった。
内診をする。医師の声は歯切れが悪い。
おかしい。事前にネットで調べまくっていた内容と違う。
診察室に戻って伝えられた言葉は、
「普通よりだいぶ小さい。これはほぼ駄目だろう。一週間後にまた来るように、もしかしたらそれまでに流れてしまうかも知れない」
意味がわからなかった。さっきまで不安がっていた事が全部吹き飛んだ。悪い方向に。
この医師は、こういうハッキリとした物言いをする。わたしはそこが好きなのだが、レビューサイトでは冷たいなどと低評価を受けている。多分そのせいでこのクリニックはいつも待ち時間がほぼない。患者としては有難いが、潰れないで欲しい。
動揺しながら夫に電話すると、ちょうど昼休みだったが、会社からクリニックまでは比較的近かったので早退して迎えに来てくれることになった。
駅前で夫を待っている間、とても暑かったのを覚えているが、その後はどうしたのかよく覚えていない。
鳩が屋根の日陰に入っていて、鳩も直射日光は暑いんだなあ、とかどうでもいい事を考えていたのは覚えているのに。
夫がこんな時に仕事そっちのけで飛んできてくれる人でよかったと思うべき所だが、それどころではなかったのである。

それからはずっと検索検索検索。
同じような状況だったけれど大丈夫だった、という体験談を探しては自分を安心させようとしていた。胎芽(小さすぎて胎児と呼べないものをこう呼ぶそうだ)の大きさを1mm単位で検索しては情報を探していた。それは赤の他人の事例であって、わたしの未来ではないのに。
今思えば全くもって無駄な行為でしかないが、とにかくその時は検索モンスターと化していたのだ。

7月29日。ちょうど四年前の今日。
あれからずっと、少しでも安静にするよう、極力動かないように過ごしていた。要はスマホ片手にゴロゴロしていただけだが、できることはそれしかない。
朝から夫がコンビニに行って、予約していたドラクエ11を買ってきてくれた。こんな時にゲームなんて、という気持ちと、少しでも辛い事を考えたくない、という気持ちがせめぎ合った結果、普通に遊び始めた。
こういうところがわたしだと思う。
久々に遊ぶ王道RPGは面白かった。家庭用ゲームにのめり込んだのは本当に久しぶりだった。
ストーリーやバトルが楽しかったのはもちろんだけど、現実から目を逸らしたかったのもあったと思う。

8月1日。
発売から3日が経って、相変わらずゴロゴロしながらちょこちょことゲームを進める。寝転んだまま遊べるので3DS版でよかった。
合間合間に相変わらず検索してはいるが、ゲームを始める前よりは頻度が減っていた。
日中仕事をしている夫とは進行具合があまり変わらない。
彼は現在のレベルと装備で行けるところまで突き進む派、わたしはじっくりとレベルと装備を整えてから先に進む派だからである。
その日の夜、動きがあった。
猛烈に下腹部が痛い。生理痛と同じ場所なのに、痛みの質は比べ物にならない。同時に、出血があった。
直感でわかった。ああ、もう駄目なのだと。
深夜にかけて、どんどん強くなる痛み。増える出血。全く寝付けない。
夫は次の日仕事を休んで病院に付き添ってくれることになっていたが、この日は仕事帰り。起こすのは気が引けた。
結局、ほぼ一睡もできないまま、波のように引いては寄せる痛みと闘いながら夜が明けた。
再び余談であるが、わたしは出産の時、本格的な陣痛開始から一時間で赤子とご対面という超ウルトラスーパー安産であった為、この時の一晩中耐えた痛みの方が陣痛よりもキツかった。

8月2日。
あの診断の日から一週間。元々この日は受診予定だった。
しかし前夜から続く腹痛。診療開始時間が遠く感じた。
朝、夫が起きてきて、とりあえず時間になったらすぐ行けるように準備をしておこう、と着替えやら何やらをしている時だったと思う。
一段と強い痛みがきて、それはお腹を下した時に似ていて、思わずトイレに駆け込んだ。
トイレに腰掛け、下腹部に力が入ると、ずるり、と何かが飛び出した感触があった。
驚いて下を見るとそこは赤黒い血に染まっている。
よくみると、黒い、かたまりのようなものが
まさか。まさか。まさか。
半狂乱になってトイレから飛び出したわたしは何を思ったか、台所から割り箸とビニール袋を持ってきた。
泣きながらトイレをかき回す私の姿を見た夫は明らかに動揺している。
一生懸命、いのちだったものを掬おうとするが、それは水の中でどんどん形を失っていってしまって、掬い上げることは叶わなかった。
ごめんね、ごめんね、と謝りながら水を流した。
後から知ったが、病院によってはできれば出たものを持ってくるように言われるところもあるらしい。
わたしの病院では何も言われなかったので、回収しようとしたのは完全なアドリブだったが、間違った行為ではなかったようだ。
それまで、命を授かったことに対して不安しかなかったのに、それが体から出て行ってしまった途端、急に喪失感に見舞われた。
親としての責務を不安がってばかりいたわたしが、流産したその瞬間母性に目覚めたのである。何と言う皮肉か。

痛みは若干和らいだもののその後も鈍痛が続いており、出血は普段の生理のMAX時を超える量が続いていた。
重い体を引きずって病院に向かう。
受付で尿検査をするように言われるが、そのコップも血まみれになる。
内診の結果、やはり前週小さく見えていた胎芽の影は、すっかり消えていなくなってしまっていた。
診察室から出て、大泣きした。ここは不妊専門のクリニック。珍しい光景でもないのだろう。隣に夫もいたので、そっとしておいてもらえた。泣いている間に夫が会計を済ませてくれた。
一週間前まで、親になろうとする自分のことしか考えていなかったのに、今は亡き子を惜しんで泣いている。実に身勝手なものである。
その後、病院の近くのコンビニで昼食を買って帰った。
帰る頃には痛みはだいぶ楽になってきていたので、ご飯を食べてから昼寝をした。前日一睡もできなかった分、寝た。
その後のことはよく覚えていないが、多分普通に夕方起きて夕飯の用意をしてゲームやって過ごしてたんじゃないかと思う。

ドラクエ11は本当に面白かった。
ゲームはストーリー重視派なわたしだけど、11のストーリーはシリーズ最高クラスに好き。争ってるのは3と5かな。
その後も他の事を考えなくて済むように、クリアまで突っ走った。
夫がグロッタのモンスターカジノで一晩中荒稼ぎして、翌日全てを失っていた時は指を差して笑った。
ヨッチ集めも通院ついでにできた。オマケ要素もコンプを目指した。
大人になってから、ゲームは一通りクリアしたら大体満足するようになってしまっていたわたしには本当に珍しいことだ。
ほんの一ヵ月にも満たない間、ゲーム大好きなわたしと夫の間にやってきた子は、無気力だったわたしにゲームをやるよう仕向けただけでお空に帰っていった。
あの子がそう言うので、たぶんわたしはこれからもゲーマーだと思う。たぶん。

なお、この件から半年後何やかんやあって再び子を授かる。
2018年8月、あの日から一年が経っていた。
救急車で運ばれたり緊急入院したりとてんやわんやがありつつも、あの子がいってしまったのと同じ8月に、予定よりだいぶ早く息子はこの世に生まれてきた。
本当なら10月のはずだったのに、急ぎやがって。そんなところ兄ちゃんに合わせなくていいんだよ。
ああ、人の形になる前にいっちゃったけど、何となく男の子だった気がしてるんだ。気がするだけなんだけど。

息子はあと一ヵ月で3歳になる。
今年の夏も暑い。夏はやっぱり大嫌いだ。
今年の夏はまだトラブルは起こっていないが、毎年夏は碌なことがない。
けどまあ、誕生日ぐらいは祝おう。わたしも8月生まれだし。
そしてお盆になったら、お寺のお地蔵さんに花を持っていこう。

ここまで読んでくれた暇……いや優しい人に一つお願いです。
もし周りでいつか、あなたの奥さんや友達や姉妹、娘さん、誰かがわたしと同じような経験をする事が、もしあったなら。
自分の知っている人にも経験者がいたよ、と、余分な所は省いてただそれだけ言ってあげてくれると、少しだけ慰めになるんじゃないかなと思います。気休めにもならないレベルだと思うけど、ほんの少しだけ。

ちなみにわたしはこの後もう一度流産していますがこちらは息子の面倒を見ながらだったため意識がそっちに向かわず、ここまで詳細に覚えていないという事実も書き添えておきます。人間って本当に勝手!!

ここまでお時間を頂けただけで嬉しいです。ありがとうございます。 特に何もしなくて大丈夫ですよ?え?お恵みを下さる?じゃあアイス買って食ーべよ!!