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影を追う人間の、不器用な影:『甘い生活』

※注意 この文章を読む際はネタバレ等、核心部分への言及があります。個別に判断したうえで、読んでください


影を追う人間の影

 華やかな世界にいる人間の、その光の裏側にある醜聞を報道することで耳目を集めるイエロージャーナリズムに辟易としている人も、私を含め多いのではないか(現にこの文章を書いている今、とある俳優のそうした報道が出ている……)。そうした醜聞を追いかける人間をパパラッチとも呼ぶが、この『甘い生活』の登場人物、パパラッツォが転じたものである。

 セレブリティに囲まれる派手な世界で、「甘く」見える生活も、光の存在するところに影があり、さらにその影を追う人間にも影がある。本作の主人公、マルチェロ(マルチェロ・マストロヤンニ)の役どころはゴシップ記者で、その世界で出会った上流階級の女性ともねんごろの仲にあるが、家庭では自殺未遂を起こす妻や体調の不安定な父を抱えている。


 アニタ・エクバーク演じる自由奔放な俳優、シルヴィアが真夜中のトレビの泉に入り込んでいくシーンがあるが、現実で行ったら大問題である。特にこのSNSが発達した現代であれば、誰かがこの奇行を匿名の人物が拡散し、「炎上」するかもしれない。

 ゴシップを追いかけるべき立場のマルチェロも、こんなにもネタになりそうな出来事に対して、自らの職務を放棄して、自らも泉の中へ入り込む。ゴシップを追いかける品の無さも、マルチェロが抱えている家庭の影も、まるで存在しなかったかのように一瞬でロマンスにしたてあげるのは、フェリーニの映画芸術の賜物であろう。

 自転車に乗った通行人が見ているなか、ロングショットで泉から出ていく二人の姿は、幻想的でもあり、その幻想が静かに醒めていくような静けさがある。そしてシルビアはボーイフレンドに頬を叩かれ、マルチェロは殴られる。同僚のゴシップ記者に格好の標的になり、美しいロマンスは暗い影に覆いつくされてしまうのである。


省略された情事

 作品の序盤でマルチェロが富豪の娘・マッダレーナとベッドで抱き合う場面があるが、両者服を着たまま抱き合ったところで、次のカットへ移る。

 『甘い生活』を含めて、フェリーニ映画のテーマとしてセックスが挙げられる。一方でフェリーニ映画には裸の男女がベッドで抱き合う「濡れ場」は描いていない。こうした映画的な、前後だけ描いて「したことにする」構造は『8 1/2』含め、あらゆるフェリーニ映画でそう描かれている。


 あれほどまでに女性を追いかける男性を表現し、厭世的なゴダールやトリフォーに対して、俗っぽいお色気や性欲を描き、血の通った人間の営みを描いているが、実は核心的な部分は想像というベールの向こう側にあるのだ。

 確かに主題として、女性やセックスは描いている。一方でそうしたものへ畏敬の念や、すこし恐れているような印象さえ受けるが、もっともこうした感情は人間として自然なものである。男女、性欲、セックスといったものを映画で表現するに当たって、「裸」「濡れ場」は必須ではない。「心のどこかで恐れている」というのも非常に共感できる感情であるし、「実は不器用」な人間のセックスだって、器用な人間のそれと同じようにセックスとして存在しているのだから。



まごうことなき「名優」ではあるが

 最後にマルチェロ・マストロヤンニについて掘り下げる。端麗な容姿と風格を兼ね備えた、「名優」に呼ぶにふさわしい俳優であるが、『甘い生活』でも『8 1/2』でも、模範的という言葉とはほど遠い人物を演じている。フェリーニ作品では『ジンジャーとフレッド』や『女の都』でも主演しているが、女性を振り回そうとした結果、反対に振り回される役柄である。

 ヴィットーリオ・デシーカ監督作品でも『あゝ結婚』や『ひまわり』でそれぞれソフィア・ローレンのパートナーを演じているが、いずれの作品でもローレンに振り回されている。『昨日・今日・明日』にいたっては3篇オムニバスの形式の3作ともである。


 もちろん滑稽な役回りを演じていても、本人の持っている優雅さはにじみ出ているし、色男が、ただ美しいロマンスを演じているだけでは絶対に表現できないであろう、おかしみと人間くささをも兼ね備えたダンディズムを我々に見せている。

 セックスを主題としながらも、直接的な「濡れ場」を描かなかったフェリーニと、他を圧倒する優雅さと色気を持ちつつも、女性に振り回されるマストロヤンニのふたりは、案外「似たもの同士」であったのかもしれない。



参考文献:
ジョン・バグスター 椋田直子=訳「フェリーニ」 平凡社1996年


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