見出し画像

横浜ファンのみならず、野球ファンの胸を掴む男たちの長いドラマ:村瀬秀信『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』



 年間143試合もやっていると、連敗やイージーミスなどを見て「俺は何でこんなチームを贔屓にしてるんだろう」なんてことを思う試合がある。そしてNPB12球団の中でそんな「煮え湯」を飲まされているのが、大洋・横浜・DeNAファンだろう。今でこそCSや日本シリーズに駒を進めるようになってきてはいるが、長らくAクラスはおろか、5位すら遠い暗黒が球団を包んでいた。

 文庫にして431ページと、重厚な球団史は1998年から始まる。38年ぶりに横浜が日本一に立った年だ。「ハマの大魔神」こと佐々木主浩は一世を風靡し、箱根駅伝は神奈川大学、大学ラグビーは関東学院大学、甲子園は春夏ともに横浜高校、都市対抗は日産自動車、サッカー天皇杯は横浜フリューゲルスという「神奈川・スポーツ黄金年」を飾った。石井琢朗、ロバート・ローズ、谷繫元信、斎藤隆といった面々が華々しく星座のごとく連なり、チームに黄金時代がやってくると誰もが信じていた。しかし、チーム名も本拠地も変わらない「史上最も幸せな身売り」だったはずのTBSへの身売りに前後して球団は暗闇に突き進んでいく。時に時計を戻して、ホエールズ時代から続く「負の伝統」の正体を紐解いていく。

 思えば、ホエールズ・ベイスターズは「伝統」、「保守」のセントラル・リーグにおいて異色の存在だ。親会社も球団名も時に本拠地球場も、変わっていき、変わらないのは、読売や阪神には無い「漁師気質」なチーム柄と、個人成績は「優秀」な選手を輩出しても「優勝」の2文字とは縁遠いという体質だ。本書ではそうした事情を膨大な証言と、ファンにしか書けないなという、贔屓球団に対する厳しくも、切ない語り口で切り込んだ名ノンフィクションに仕上がっている。いつ自分の贔屓球団に「暗黒期」が訪れるかはわからないし、そうでなくとも野球ファンとは、どんな球団を応援しても年に何度かは「煮え湯」を飲まされる。そして「勝ちにしか興味がない」というより、「負けても応援してしまう」というファン心理は誰もが共通してもっているはずだ。そんな気持ちにベイスターズファン以外の人間にもグサッとくる、一冊である。


●PICK UP
 『おたくの鈴木一朗とうちの佐々木をトレードしませんか』(p.248:近藤昭仁の証言)
 有名な逸話だが、改めてすごい話である。ここで言う”鈴木”はもはや説明不要…。結果として仰木彬に断られ、この話は御破談になったのは周知のとおりだが、もし実現していたら2人の日本人大リーガーの運命は、というより野球史が変わっていたかも?想像もつかない。


 「よく『他のチームならもっと勝てていた』と言われますが、まったく思いません。僕は横浜だからここまでやれたと思っていますから」(p.373:三浦大輔が150勝目を挙げた際のヒーローインタビュー)
 ハマの番長、というより聖者だ。この一言でどれだけ多くの迷える横浜ファンを救ったことだろう。来季から2軍監督だが、あれだけの経験をした漢のもとならば、きっと新たなスターが育つだろう。

#読書 #ノンフィクション #野球 #baystars

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?