招かれざる獣たち 第2話「森狼の襲撃から逃れる」
姿を現したのはさっきのよりももう一回り大きな森狼だ。しかも一頭だけではなく、仲間を引き連れている。おそらく群れのボスなのだろう。
ダメだ……僕らの足では逃げ切れない。少女を抱え込んで、結界魔法を発動させた。
僕らがしゃがみ込んでいるすぐ外側に、光の壁が輪の形で現れる。森狼たちは僕らの周りを取り囲んで、代わる代わるに牙を立てようとしてくるが、この結界に阻まれて僕らにまでは届かない。
戦うことができない僕が森にまで入っていけるのは、この結界魔法があるからだ。でもこの結界魔法を魔導具なしで使えるなんて話は聞いたことがない。きっと僕だけなんだろう。
と言っても、そんなに大きい結界を張ることはできない。なんとか僕とこの少女は守ることができるけど、その程度だ。
これも僕の魔力が尽きるまでで、それほどに長くはない。それまでに森狼たちが諦めてくれるか、それとも次の手段を考えないと……
そう思っていた時、男の声が聞こえた。
「アリア!!」
その声を聞いて、腕の中の少女がぱっと顔を上げる。
「パパ!!」
少女に『パパ』と呼ばれたその男がこちらに駆け寄ってくる。僕らの状況を確認すると、短い呪文を唱えて手にした杖を振り掲げた。
杖から放たれた無数の水の塊が、森狼たちを攻撃していく。水魔法の攻撃で二頭が倒れされると、ボスを含む他の森狼たちは尻尾を巻いて森へと逃げ帰っていった。
急いで結界魔法を解く。彼に見られてしまっただろうか……
でも彼は気にする様子もなく、こちらに歩み寄って来て座り込んでいる僕に手を伸ばした。
「どうやら、うちの娘が世話になったようですね。礼を言います」
彼は『娘』と言ったけれど、子持ちの年齢には見えない。まだ二十歳ちょいくらいじゃないか? 整った顔立ちに、透き通る青い瞳、長めの銀の髪。銀フレームの眼鏡のせいか、知的な雰囲気もある。これは女性にモテそうだと、瞬間的に思った。
「こ、こちらこそ助けていただいてありがとうございます。彼女が、無事でよかったです」
彼の手を取り、立たせてもらう。一人でぴょんと立ち上がった少女は、嬉しそうに彼にしがみつく。
「アリアだよ! で、パパがセリオン!」
「ああ、僕はラウル」
「ありがとう、ラウルおにいちゃん」
そう言って微笑む少女に、少しだけ妹を思い出した。
このまま町に帰るという二人とは、草原で別れた。まだ依頼に必要な薬草を採集し終えていない。さすがにまた森に入るのは危険だったので、人通りのある街道沿いまで戻って薬草を探した。
街道を、僕と同じ年くらいの冒険者パーティーが談笑しながら通り過ぎていく。小さなイノシシを背負っているところを見ると、獲物をしとめて町に帰るところなんだろう。
茂みに頭を突っ込み、膝を汚しながら薬草採集をしている僕とはえらい違いだ。
女の子を守って、可愛い笑顔でお礼を言われて、ちょっと嬉しい気持ちになっていたはずの心が、また寂しくなっていくのを感じた。
* * *
夕方の冒険者ギルドの受付カウンターは、今日の依頼の報告をする冒険者たちが順番待ちの列を作る。順が回ってくるまではまだしばらくかかりそうだ。
「よー、ラウル。今日も薬草集めか?」
豪快な声がして、バンッと強く背中を叩かれた。
「いたっ」
思わず声を上げると、背を叩いたヤツの声が低くなった。
「ああ? この程度で痛がるのは、てめえが弱っちいからだろう? 俺が悪いような言い方をするんじゃねえよ」
振り向いた僕の顔を厳つい顔が不満げに見下ろしている。そうだ…… 彼の言うとおりだ。
「ご、ごめん……」
「チッ、わかりゃあいいんだよ」
そう言いながら、そいつはそのまま列の僕の前に当たり前のように割り込んだ。
……僕の方が先に並んでいたのに。
でも彼はDランクの先輩冒険者で、僕はまだEランクのひよっこだ。敵うわけがない。
このくらいの事で不満の声をあげてそいつの機嫌を損ねても、得する事はなにもない。むしろ目を付けられて面倒を抱え込むだけだ。
ぐっと、込み上がってきた言葉と気持ちを飲み込んだ。
そいつはどうやらボーボー鳥を狩ってきたらしく、大きな獲物を背に抱えている。順番が回ってくると、これみよがしにドンと乱暴にカウンターに置いてみせた。
そんな乱暴な態度にも受付嬢は慣れているのだろう、淡々と依頼の完了処理を進めている。
「確かに依頼はボーボー鳥の狩猟ですが…… こんなに剣の傷が多いと、素材の買取値が下がりますよ」
「うっせーな。黙って受け取ればいいんだよ!」
どうやら思ったよりも依頼の報酬に色がつかなかったらしい。そいつは不満そうに、カウンターに置かれた金を握りしめると、どすどすと大きな足音を立てて去っていった。
「……もう少し静かに歩いた方が、獲物にも逃げられずに済むと思うんですけどねぇ」
受付嬢はため息を吐きながら、さらに声を落として僕に囁く。
「さっきの件は上に報告しておきますね」
あいつに横入りをされたところを、彼女にはしっかり見られていたらしい。
「お待たせしました、ラウルさん。薬草採集でしたよね」
彼女に促されてバッグから薬草を取り出し、カウンターに並べる。
「ラウルさんのように丁寧に採集してきてくれると、品質も良くて助かります」
「ああ、僕には狩りの才能はないし、これくらいしか出来ないから……」
申し訳ない気持ちでいう僕に、彼女はにっこりと微笑んだ。
「薬草も必要なものですから、採集してくれる方がいないと困ってしまいます」
その言葉に心の中でほっと胸を撫でおろした。
「そう言えば、あれ、どうでしたか?」
僕の言葉に、受付嬢は困ったような顔をして首を横に振る。
「この町に、あの依頼を受けられるような上位の冒険者はいませんから……」
「そう、ですよね…… まあ、もうちょっと粘ってます」
受付嬢に愛想笑いをしてカウンターを離れようとした時、ギルド内の空気がざわりと揺れた。
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