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スタートアップによるM&A実行時の論点 -買収資金-

こんにちは、ITVというベンチャーキャピタルでスタートアップ投資を行っている中上と申します。



突然ですが、最近、スタートアップ界隈では「M&A」がキーワードとして言及されることが多く見られます。

その文脈は様々で、例えば、

  • 事業の更なるグロースを実現させる為、成長スピードを加速させる為の手段としてM&Aを実行するべき(スタートアップサイドの視点)

  • これまでIPO中心だったEXITから、M&AでのEXITも積極的に検討するべき(VCをはじめとする株主サイドの視点)

  • 大企業として新規事業開発の為に、スタートアップM&Aを推進するべき(オープンイノベーションを推進する大企業サイドの視点)

といったものが挙げられます。

これらの観点はどれも議論する余地が大きいテーマですが、本稿ではまず、この中でも1点目の観点でもある「グロースを実現する手段としてのスタートアップによるM&A」を簡単に取り上げたいと思います。

尚、M&Aの検討自体を行うことは簡単です(と言うと語弊があります)が、実行に移す際には多数のハードルが存在しており、例えば有望な候補企業が浮上してきたとしても、買収に必要な資金をどう手当てするかという、極めて現実的なハードルが生じてきます。
多少細かい論点ではありますが、本稿では、こうしたM&A実行時の買収資金の考え方について整理したく思います。


スタートアップにとってのM&Aの意義


スタートアップが(買収側として)M&Aを実行する場合、様々な目的が想定されますが、抽象的に整理すると「自社プロダクト等によるオーガニックグロースだけでなく、非連続な成長を実現させる為の手段」としてM&Aが選択されると言えるかと思います。

(既に上場していますが)SHIFT社やGENDA社等の企業によるM&Aは、自社の成長の為に効果的にM&Aを活用している例として、頻繁に取り上げられています。


SHIFTグループ各社の役割分担マップ(SHIFT社HP)


GENDAグループ企業一覧(2024年4月23日)


また、同じくM&Aを事業成長の為に積極的に活用しているマネーフォワード社は、自社HPにて、M&Aで実現する目的を以下のように整理しています。


マネーフォワード社のM&A戦略(マネーフォワード社HP)



M&Aを通じて、買収した企業の業績を自社グループに取り込む(1+1=2)ことも重要ですが、それだけではなく、取り込んだことによる期待メリット(一般的に「シナジー」と呼ぶ)を実現させることも非常に大切になってきます。

その点、例えば上述のSHIFT社では、M&Aで外部企業がグループインすることによって期待されるメリットを以下のように説明しています。

金融、製造、流通、小売などのエンタープライズ領域から、インターネットやゲームといったエンターテインメント領域まで、その規模を問わず多種多様な業界・業種のお客様とSHIFTはお取り引きをしています。その数、約2,000社。これらのお客様に対して元キーエンス 代表取締役社長 佐々木道夫が率いる部隊が営業を行い、ONE-SHIFTのソリューションをクロスセルしていきます。

また、SHIFTのお取り引き先の8割がプライムのお客様です。多重下請け構造により、高価格にすることがむずかしかったサービス提供単価も、ジョイン後には高単価での受注が可能となります。

SHIFT社HP
SHIFTグループへの参画を通じた効果(SHIFT社HP)




勿論、未上場のスタートアップにとっても、M&Aは成長の為の効果的な手段ではありますが、M&Aの実行の為には、各種専門知見が必要とされると共に、クリアすべき論点が多々存在します。

自社事業の成長の為に最適化された人員体制で運営してきたスタートアップの場合、いざM&Aを検討する際に、実行へのハードルが高いことや、また実行した後のマネジメントに苦慮することは、残念ながら多数観測されています。

その点、近年はスタートアップでも経験豊かな経営陣が率いる企業(例:元メルカリ日本事業責任者の青柳氏によるnewmo社)による積極的なM&Aの動きがみられ、注目を集めています。


M&Aを実行する際の資金


M&Aを実行する場合、多数の検討すべき論点が存在しますが、本章では「実行に必要な資金をどう手当てするか?」という論点を入り口に、幾つかのポイントを整理したいと思います。
※尚、今後本稿では「M&A」として、対象会社の株式を取得するケースを前提として取り上げます(一部事業の取得や合併等は想定せず)

資金の手当方法
大企業と異なり、資金が潤沢とは限らないスタートアップではM&Aを実行する場合に、買収資金(対価)をどう確保するかがポイントとなります。

  1. VC等からの資金を利用
    将来的なM&Aを目的として、予めVC等のプレーヤーから資金を確保しておく方法です。スピーディーな案件実行が求められる場合は、資金調達に係る時間が十分に確保できない可能性もあります。
    新しい資金調達のラウンドの際に、調達資金の使途の一つとして、将来的なM&Aへ言及するケースが見られます。

  2. 金融機関からの融資を利用
    自社として十分な与信がある場合、またM&Aを検討する対象会社のキャッシュフローが一定見込まれる場合などは、銀行等からの融資で買収資金を手当てすることも考えられます。
    既述のGENDA社は、M&Aの実行においては、基本的に融資で資金を賄っています。
    ※今年発表されたリキュール販売を行うシトラム社の買収(株式追加取得)については株式交付のストラクチャーを選択
    https://genda.jp/2024/06/27/genda-announcement-of-acquisition-of-ctraum/

  3. 自社株式を利用
    自社株式を対価にM&Aを実行する方法(株式交換、株式交付、等)で、「現預金の流出が不要」といった形で取り上げられるケースが多くみられます。一方、未上場であるスタートアップの株式については、譲受する側からすると、対価として流動性、換金性が低いこともあり、一般的には上場企業によるM&Aの際に多くみられる手法です。

スタートアップの成長に向けた ファイナンスに関するガイダンス(経済産業省)


対価設定上のポイント
VC等のエクイティ、また金融機関からのデットのどちらであっても、現金を対価として対象会社の株式を取得する場合は、シンプルな取引となります。一方で、どちらの場合であっても、当該M&Aの取引を通じて、資金の出し手が期待する資本コストを超える結果を実現させることが求められます。

また、上記3のように自社株式を対価とする場合は、被買収企業の既存株主に対して自社株式を交付する形となり、今後自社の株主として新しく参画してもらうことになります。加えて、そうした取引を実行する場合、一般的に新株発行を伴う為、dillutionにより既存株主への経済的インパクトも一定発生する可能性が有ります。 従って、例えば少なくとも以下のようなポイントを考慮しておく必要が出てくることになります。

  • 被買収企業の株主は今後、中長期で関係性を維持構築すべき相手か

  • 被買収企業の既存株主から自社へのDDは発生するか(既存株主からすると、譲受する株式が十分な価値が有るかを判断する意味合い)

  • 一定のdillutionが発生する点につき、既存株主との合意形成は十分か(期待コストと対価は見合っているか)

    ※尚、細かい点となりますが、必ずしも新株発行を伴うからEPS(1株当たり純利益)が減少する訳ではなく、買収対象のバリュエーションが自社PERより低水準(割安)であれば理論的にはEPSは増大することとなります
    https://ma-banker.com/eps-impact


更に、テクニカルな点ですが、株式を対価とする取引は会社法上の組織再編行為となる為、一定の準備期間が必要となる点は留意が必要となります。

対価設定を通じた狙い
M&Aの取引において、被買収企業の既存株主が、速やかかつ最大限の現金化を求めている場合、基本的には現金を対価として取引を進めることになります。
一方で、現金と株式を組み合わせるスキームとすることで、以下の効果を合わせて狙うことも可能です。

  • 現金

    • 既存株主にとって、一定の利益確定機会の提供

  • 株式

    • 今後成長が期待できるスタートアップ(自社)へベットする為のチケット提供

    • M&Aの実行後も買収企業とのシナジー創出への協力を希望する為のインセンティブ付与

既述の通り、流動性が低い未上場の株式は本来、対価としては選好されづらい為、十分に自社株式が魅力的な対価であるとみなされることが大前提となります。

上記のような「現金+株式」を対価としたM&Aの実行は、通常の現金を対価としたシンプルな取引と比較すると相対的には難易度は高いですが、得られるメリットも一定有り、実際に未上場スタートアップの場合でも実行は可能であり、実例も有ります。


M&Aを実行する体制の構築


M&Aを(買収側として)検討する場合、例えば外部から急に持ち込まれた案件を限られた時間で検討しても、十分な議論が出来ないことが多くみられます。
時間的制約の中で、最終的にM&Aありきの形で社内検討が進んでしまうケースなどは、その後の統合プロセスにおいて、買収側・被買収側の双方にとって想定外の事象が生じたり、十分な期待メリットを享受できない可能性が高くなります。


事前に、自社がM&Aを通じて何を実現するのか、という目標を社内で明確に整理しておくことが最低限必要なポイントではありますが、それ以外でも、少なくとも以下のような点を意識・準備しておくことは有用です。

  • ターゲット企業像、バリュエーションの目線感等を事前整理しておく

  • 継続的かつ能動的に案件ソーシングを行っておく(自社からの直接アプローチ、外部事業者を通じた紹介、等)

  • 自社の事業計画や資本政策上、M&Aをいつどのように組み込むか議論しておく

  • 自社内で最低限、クイックに案件検討ができる人材、組織を内製化しておく

※既述のnewmo社は、M&Aに特化した業務担当者の採用を行っています


勿論、自社のみでM&Aに関するケイパビリティを早期に獲得することはハードルが高い為、外部株主を始めとした、M&Aに関する有識者との議論を活用することが効果的な場合もあるかと思います。

最後に


M&Aは実行に係る論点や関連法制等が複雑な為、ややもすると、知識やノウハウ等のテクニック論に陥りがちです。また実行の際は、社内外に対して派手な印象を与えることから、案件の途中からM&Aの実行自体が至上命題になるケースも見られます。

本来、M&Aはカルチャーも仕組みも異なる外部の企業を自社に取り込むという、非常に不確定要素が強いアクションである為、リスクも高く、その実行には十分な検討をかけることが求められます。

自社の戦略上、本当にM&Aが必要なのか、事業計画の中でどのようにM&Aを位置付けるのか、といった点を十分に整理した上で、尚且つ一定のリスクを前提としながら案件を実行することが肝要と考えます。


今回は、スタートアップが買手となるM&Aをテーマに取り上げましたが、売手となるケースも当然あり、また今後多く増えることも予想されます。 スタートアップやVC/CVC等、業界の方々とは、今回取り上げたM&Aを始め、過去のnoteで取り上げた各テーマについても、議論させていただけますと幸いです。


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