埃っぽいビートルズ達が教えてくれた、イケてる大人になる方法。
今から10年以上も前の話です。当時僕は、新卒で入社したコピー機の販売代理店で働いていました。
仕事内容は、いわゆる「外回りの飛び込み営業」。しかし口下手だったこともあり全く成果を出すことができず、先輩からは毎日のように詰められていたのを覚えています。
話は西東京の外れにある小さな会社から始まります。建材と埃の匂いが漂うような小汚い事務所で、僕は社長と対峙していました。
時刻は夕刻。なかなか首を縦に振らない社長から、なんとか今日こそ「YES」をもらおうと、 最新式のコピー機の性能を紹介しながら、特に意気込んでプレゼンをしていたのを覚えています。しかし、その日も社長の反応は芳しくありませんでした。
「売らないと先輩に怒られるんです。どうか、決めてもらえませんか?」
テクニックとしての泣き落としではなく、多分本当に「泣き」が入っていたと思います。当時の僕は、そのくらい追い詰められていました。 しかし、社長はため息をつき一言だけ言いました。「今は買えないな」と。
その一言で引導を渡された気分になり。がっくりとうなだれました。ところが、社長は思いもよらない質問をしてきたのです。
社長「三宅くんさ。学生時代に、何か夢中になったものってあるの?」
三宅「学生時代ですか? 劇団をやってましたが……」
社長「へえ、劇団ね! 確かにわかる気がするよ! 俺も昔は下北沢あたりで良く観てたよ。」
正直、下手な慰め方だなと思いました。 すると社長は、一枚のチケットを差し出してこう言いました。
「たまたまチケットが一枚余っててね。多分、三宅くんも気に入ると思うよ。 来週、かっけえバンドが演奏するんだ。良かったら行ってごらん」
――演劇じゃないじゃん。
そう思いましたが、ひとまずチケットを受け取り帰ることにしました。 そして案の定、その夜もまた先輩にガン詰めにされました。
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翌週、僕はチケットに書かれた福生市のライブハウスに足を踏み入れてました。 狭い会場を見渡しましたが、社長はいません。
なんだよつまんねえの。適当に時間つぶして帰ろうかなと思った矢先、 バンドのリーダーとしてステージに登場した人物を見て、僕は心底驚きました。
え、社長?
登場したのは紛れもなく、あの社長でした。 いつもの埃っぽい作業着ではなく、派手なアロハシャツを着て。 見れば、バンドメンバーは、全員がその企業の社員の方々でした。
一曲目は、ビートルズの「Help!」。熟練の技術というのでしょうか。 アレンジを利かせまくったビートルズの名曲の数々に、ライブは大盛り上がり。心から思いました。 このオッサンども、かっこよすぎる……!
終演後、社長が僕のところにやってきました。
「俺のおごりだ」と言いながら、モヒートを差し出しつつ、 しばらく、ライブの感想やお互いの趣味の話などを語り合いました。 そしてだんだんと話は真面目な方向に。
「例えばの話さ。三宅くんが同じ内容を忠告されるにも、 素直に従いたいなと思う人と、なんだよむかつくって思う人。二通りいない? けどさ、これっておかしいよね。だって内容は同じなのに、三宅くんの反応は全然違う。 なんでだと思う?」
どうしてこの社長はこんな話をするんだろう。多分、僕は怪訝な顔をしていたのだと思います。
「三宅くんが、はじめてウチの会社に営業に来てから半年くらい経つけどさ。 俺は、三宅くんのこと何も知らないんだよな。 俺がドラムを40年やっていることを、三宅くんが一切知らなかったように。 だから今日こうして話すまで、三宅くんという人が信用できるかもわからなかったんだ」
社長はビールのおかわりを注文しながら、とうとうと話を続けていました。まるで世間話をするかのような、軽い口調で。
「最新式のコピー機を入れれば、仕事が便利になるのは俺だってわかる。 けど人っていうのは、合理的な判断のみで動いている生き物じゃないんだよ」
じゃあどうしたらいいんですか? と、聞いた僕に社長が一言。
「そこは自分で考えろ」
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その夜の出来事は、社会人になって間もない僕の中に鮮烈に残りました。 そして、今日に至る僕の社会人としてのスタンスの基礎は、 きっとこの夜が起点となって形作られたのだと思います。
当時、一眼レフを手にして間もなかった僕が撮影した写真がこちら。
鮮やかに、鮮明に、それでいて粗削りに。「かっけえオヤジ」達は今でも僕の中で、埃っぽい匂いのするビートルズをかき鳴らし続けています。
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