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箱根駅伝の歴史に名前を刻んだ先輩の話〜大学生⑭〜

筑波大学の後輩たちは15年後の今も本気で箱根駅伝に挑戦しています。

先輩面してあれこれ御託を並べるつもりはないですし、そんな立場でもありません。純粋によく頑張っているなと誇らしく、そして頼もしく思います。学生が目指すものは今も昔も一緒ですね。違うのは、弘山さんがコーチとして加入し、一歩一歩課題をクリアしながら確実に前に進めていること。それは外から見てもよくわかります。

インスタから拝借しました。もう知らない子達ばかりですが、頼もしく思います

昨日、予選会のエントリーが行われました。今年から参加標準が10000mの記録のみとなり、そこで34分を切っていれば予選会に出場することが可能になります。また、予選会の距離が従来の20kmからハーフマラソンに延長されているので、そこも大きなポイントになりそうですね。今年は参加校が前年比10校減のようです。5000mでの参加標準タイムがなくなった影響でしょうね。

こういうのを見るとドキドキしますね(苦笑)真剣になって目標に挑む学生たちの気持ちが共感できるうちはまだまだ自分も捨てたもんじゃないです!今年は応援に行こうと思っています。大学を卒業して11年経ちますが、初めてのこと。想いよ届け!!

筑波大学の箱根駅伝復活プロジェクトは着々と進んでいるので、ぜひこちらもご覧ください。そして共感していただけたらぜひ応援してほしいです!

■補助員として迎えた箱根駅伝

2004年1月2日

僕は箱根駅伝のコース上にいました。予選会に出た場合、出場できなかった大学は一定人数の補助員を出すということになっています。僕は大手町のスタート直後の地点に配置されました。箱根駅伝の雰囲気は異様なものだとは聞いていましたが、本当に独特の空気が流れていて、その場に立ちたいという想いが湧き出てくるとともに、補助員という立場で箱根駅伝を迎える現状が悔しかったです。

沿道の観客に危険が及ばないようにコース整理をするという役目でしたが、たまに沿道の方が声をかけてくれます。

(観客)「お兄ちゃんも予選会でたの?」
(自分)「はい、でました」
(観客)「あら、よく頑張ったね〜、どこの大学なの?」
(自分)「筑波大学です」
(観客)「今年は残念だったねぇ、予選会の特集見たよ。一年生の子が泣いてたね」
(自分)「・・・それ僕なんです」
(観客)「!?」

何気ないやりとりでしたが、箱根駅伝の影響力の大きさを改めて感じました。そして、その方とは軽くお話を交わした程度だったのですが、このエピソードには続きがあって、数日後に大学宛に年賀状を送ってくれました。ちんちくりんなワカゾーにも優しくしてくれたご縁にはとても感謝していますし忘れられないエピソードです。もちろん、丁寧にお返事を書きました。

スタートして選手が通過するまでの時間は本当に一瞬。スタート直前までの異様な緊張感はピストルの合図とともに、パッと一瞬で溶けて熱い戦いの火蓋が切られました。風のように去っていく選手。通過する瞬間に湧き上がる歓声。その全てが箱根駅伝。ドキッとしました。鳥肌が立ちました。この経験は箱根駅伝への想いを強くさせるには十分すぎるほどの刺激だったと思います。

■箱根駅伝の歴史に名前を刻んだ先輩

補助員の仕事が終わったあとは、すぐに鐘ケ江さんの応援に向かいました。エントリーされたのは五区。箱根駅伝が箱根駅伝である所以となっている山登り区間です。鐘ケ江さんはとにかく坂に強くて、軽々と上ってしまうので適任でした。

スタート前に五区の中継所に行くと、鐘ケ江さんはいつものように準備をしていました。僕のバイアスがかかっていたからかもしれませんが、「欲のない自然体」に見えました。それどころか、僕に気を遣ってくれる始末。いやいや、鐘ヶ江さん!ご自身のことに集中してくださーいww

記念大会ということで、この年は関東の有力校だけでなく、日本全国の有力選手が集められ「日本学連選抜チーム」が編成されました。これも箱根駅伝の歴史を紐解いてもこの大会のみです。今考えるとかなり異例づくしの大会だったんですよね。鐘ヶ江さんにタスキが渡った時点で16番目。そこからあれよあれよという間にスルスル前のランナーを抜いていきました。

ラジオから流れてくる「快走」の知らせは、僕たちにとって涙が出るほど嬉しい放送でした。一緒に汗を流した鐘ヶ江さんが箱根駅伝を走ってる!しかも他のどのランナーよりも速い!!届くわけはないのですが、ラジオに向かって声援を送り続けました。その勢いは止まることなくずっと続き、結局9人をごぼう抜きして7番目でゴール。タイムをみると区間賞でした。

この年から設けられた大会MVP(金栗賞)はなんと鐘ヶ江さんが獲得。

筑波大学の挑戦は破れましたが、やってきたことは決して間違いじゃない!そんな勇気をもらいました。


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