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コダックはなぜ破綻したのか

「コダックはなぜ破綻したのか」
というネット記事を以前に見つけました。
読んで感じたことがありましたので投稿します。
 

かつて世界屈指の有力企業だったコダックは
2012年に破産法を申請し、
レガシー事業から撤退して特許を売却。
現在の時価総額は10億ドルにも満たない。
 
なぜこうなってしまったのでしょうか。
 
コダックの事業の柱はフィルム販売。
それがデジタルに置き換わられた…
と言えば簡単な感じですが、
そう簡単ではない話なんです。
 
「コダック・モーメント」という言葉がありました。
保存して堪能する価値のあるシャッターチャンスを
意味していた言葉。
 
世界屈指を誇っていたコダックという企業は
カメラのデジタル化を経て
フィルムからデジタルに
そして携帯電話にとってかわられ
印刷されなくなった。
 
それが一番の原因ということです。
 
この「デジタルカメラ」の存在が
コダックをその座から引きずり下ろした…
と言えます。
 
だと、この「デジタルカメラ」は誰が作ったのか?
コダックを世界屈指の企業から奈落の底に
落とした原因を作ったのはだれなのか…
 
それはコダック自身なのです。
 
1975年、世界初のデジタルカメラの試作機を
開発した人物は、コダックのエンジニア
スティーブ・サッソンだったのです。
 
世界で初めてデジタルカメラを開発し、
それが今日の『カメラと携帯電話の一体化』
の流れになり、
それが世界のカメラの破壊的変化になった。
 
その原因を作ったのはコダック自身だったのです。
 
このデジタルカメラに押され、
コダックの事業の柱であった
『フィルム事業』は衰退し、
コダックは破綻へと進んでいった…
 
コダック自らの手で作ったものに
首を絞められて殺されてしまった・・・
 
細かいところの流れもその記事には載っていて
もっと複雑な背景があったのですが、
自分たちが作った技術で
自らの首を絞めたということは
間違いないことなのです。
 
あの世界的な企業でも、
技術の革新一つで破綻してしまう。
その技術を作ったのは自分たちだったということ。
 
その事実を知ると、
一歩先はどうなっていくのかわからなくなります。
 
この記事にも載っていましたが
経営陣がこの先の変化を予想できていたら
変わっていただろうという事。
 
これまでの成功体験
(コダックにとってはフィルム事業)
にこだわりすぎた結果
破綻に進んでいった。
 
もし、1975年のデジタルカメラの試作機を
作ったときに
『次の時代はフィルムカメラじゃなくデジカメだ!』
とその方向に進んでいたら、
デジタルカメラの中でも世界屈指の
企業になっていたのでしょう。
 
僕らにも強いメッセージを投げかけている
ような問題だなぁと強く感じました。
 
世界有数の企業だったコダックでも一瞬で吹き飛ばされてします。
 
僕らもっと小さい存在なら、
もっと手前で吹き飛ばされてしまうでしょう。
 
弱い存在だからこそ、
しっかり未来を予想すること。
 
そして手を打つこと。
しかも思い切って。
 
そういうことを感じた記事でした。
いい勉強ができました。
 
 
 
今日もお付き合いいただきありがとうございます。
今日も頑張っていきましょう♪
金曜日に、金陽でした(^^
 
【沖縄の営業マン宮城の日々感じていることブログ】
(ブログ連続投稿639日目)2024.4.19
 
沖縄の生命保険セールスマン
 
(※あくまでも宮城の個人的な感想、意見です。あしからずm(__)m)

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