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『AUTO HALL CITY』Chapter9:Temptation of Lost Cats(迷子の猫と孤独な暗殺者)

『Chapter9:Temptation of  Lost Cats』

 その依頼人は深々とフードを被っていた。
 この混沌とした街アウトホールシティでは珍しくない服装ファッションではあるが、それにしても顔がすっぽりと覆わせてしまうフードは、視界も悪そうで少し心配になるほど。

「スノウと言います」
「スノウさんっすね。わたしはロビン。ここの調査係兼所長代理っす。ウチのことはどこで聞いたんすか」

 私は事務的にそんな質問を投げかける。いつもは御歳おんとし88歳のお爺ちゃん所長が来客を受け付けるところだが、残念ながら今は別件で留守だ。しかもいつ帰るかわからないと来た。当分の間、私は一人でここを切り盛りしなくてはならない。

「ヴァイパーさんと言う方から……」
「あんにゃろ、後で死なす」

 ウチの仕事増やしてくれてんじゃねえ。と、私は依頼人が名を口にした探偵の顔を脳内でぶん殴る妄想をする。あの自称探偵、仕事の斡旋は有難いと言えば有り難いがそれにしても持ってき過ぎだ。
 適材適所って言うだろ、なんてドヤ顔で語るあの軽薄男の顔が浮かんだので、今度は脳内で奴の股間を蹴り飛ばしてやった。

「何か問題あったでしょうか」
「んにゃ、こっちの話」

 不安そうにフードからこちらを窺うスノウに対して、簡単に誤解を解いておく。

「兎に角人探しっすね。妹さん探し。正直、情報塗れのこの街、やり方さえ心得ておけば人探しってのは案外簡単なもんっす」

 私は改めて依頼を確認した。

「妹さんの身元なり姿形がわかる物、何かありません?」
「実は……そう言うものはないんです。私達は出来るだけ、誰の目にも触れないように生きてきたので」
「ここはワケ有りの依頼人も珍しくないっす。依頼人の情報も絶対漏らしたりしません。安心してくれていいっすよ」

 スノウにはそれでも未だ迷いが見えたが、覚悟を決めたようで、これまで被っていたフードを外した。

「お……っと」

 私は思わず声を上げた。
 目線が依頼人の頭に釘付けになる。

「作り物……じゃないっすね、どう見ても」
「はい」

 猫耳だ。
 依頼人の頭には猫の耳が生えていた。白い毛並みが髪の毛から耳まで覆っている。髪の毛は長く伸ばしていて、側頭部の様子はわからないが、私と同じような耳はそこにはないだろう。

 つまり亜人だ。

 身体改造絶世期、人と動物を組み合わせた人造人間バイオロイドが多数作られた。後付けの感覚器官や機械の身体を有する義体置換者サイボーグとは違い、遺伝子レベルで胎児の頃から改造を施されたことで生まれた新人種。

 それが亜人である。亜人の数はそう多くない。
 その希少性から、好事家コレクターに好かれ、闇オークションでの出品が相次ぎ、亜人と見れば拉致する人攫いは一人や二人ではない。

 地下闘技場ドゥオモで利用されている剣闘士ファイター分身アバターとも近いが、あれらは元々自我を有さない。遺伝子を組み替えた上で、多種の生き物を融合した人間は、殆どが自我を持たずに産まれる。それはそれとして需要があると言うのが現実の糞だが、こうして会話が出来る、普通の人間と変わらない亜人は恐らく三桁といないだろう。

 彼女が頑なにフードを取りたがらなかったのも、誰の目にも触れて来ないようにしていたと言う生き方も、彼女が亜人であることをひた隠しにする為か。

「腕とか脚との毛は?」
「生えますが、怪しまれないよう毎日剃ることにしています」
「妹さんも?」
「私と同じです」
「……事情は分かったっす」

 私は頭を抱えそうになり、すんでのところで止めた。ヴァイパーの糞野郎、やっぱり今度死なす。
 彼女達がこの街で生き延びていた以上、普通の人間と比べればその足跡は圧倒的に残されていないだろう。
 亜人の行方不明とはつまり、人攫いに拉致された可能性が高いと言うことでしかない。

「最後に妹さんを見たのは?」
「いつも買い物をする簡易百貨店コンビニで……」

 兎に角情報だ。些細なことで良いから、情報が要る。私は、その足跡を探せないか微に入り細を穿つようにスノウに質問を重ねた。
 彼女の妹──ノエル──は、二人が行きつけの簡易百貨店コンビニで買い物をしていたところ、目を離した隙に居なくなったのだと言う。
 私は直様、簡易百貨店コンビニの監視カメラをハッキングし、スノウが妹のノエルを見失ったという日時の監視映像を確認した。
 カメラには映っていないが、確かにノエルが店を出てから戻って来る気配はない。そのまま簡易百貨店コンビニの外の様子が見られるカメラがないかを探ったが、そんなものはなかった。

 仕方ない。

「スノウさん、髪の毛一本貰えます?」
「髪の毛ですか?」
「遺伝情報の方から調査してみたいんで。妹さんとは反応似てるでしょうし」
「構いません。それで妹が見つかるなら」

 私はスノウから髪の毛を受け取ると、それを遺伝子解析ソフトにかける。そして棚に置いている機械ロボットを起動した。

「それは?」

 私の起動した機械ロボットを指差して、スノウが訊いた。

動物型機械アニマルロボット。この街中を調査するってなった時の、わたしの分身アバター。今から調査入るんで、その間集中させてください」
「わかりました」
「あ、でも急用の場合は普通に声掛けてくれて大丈夫っす。生身の方の耳も聞こえてるんで」

 私のこれは、分身アバターと言っても、地下闘技場ドゥオモで使わせている物のように、完全に分身アバターに感覚をダイヴさせる物ではなく、使用者にも命の危険はない。あくまで便利な調査用機械サーベイロボットだ。

 私は街の調査には専ら、猫型の機械ロボットを利用している。猫の手も借りたい時に動く仲間ということだな、と言うのはウチのお爺ちゃん所長の弁だ。猫の手も借りたい、と言うのはそれくらい手伝いが欲しいという意味の東洋の諺らしい。

 オンラインでは情報が打ち止め。正に猫の手も借りたい状況だ。私は脳接続ブレインアバターインターフェイス用のヘッドセットを装着した。

 私の視界が、猫型機械キティに接続される。私は自分の思うままにキティを事務所の外に飛び出させる。

「さて。お目当ての場所は、と」

 キティになった私は街を駆けた。野良猫はこの街では珍しくなく、誰も私の操るキティを気にしない。これも私が分身アバターを猫にしている理由だ。また、ヴァイパーがこの依頼を雑にこちらに寄越した理由でもあるだろう。
 亜人とは言え私なら、スノウの依頼は受けるしかないと、そう考えたのだ、あの探偵は。
 当の探偵は、その分身アバター、本物の猫じゃ駄目なの? と私に聞いたことがあるが、駄目に決まってるだろう。確かにシステム上、本物の猫を操ることだって出来てしまうのが分身アバターだが、危険があるのが分かっているところに、どうして本物の猫を送らなければならないのか。

「ヴァイパー糞。マジ死なす」

 私は呪詛の声を吐いた。キティ音声出力スピーカーは切っているので、多分また依頼人を怖がらせてしまっただけだ。

 お目当ての場所コンビニキティを到着させると、私は調査サーベイモードをオンにした。

「よっし、ビンゴ」

 今、私の目には路地に続く道が光って見える。スノウから貰った遺伝情報を元に、この近くに指紋や抜けた毛、血、その他の妹ノエルの物と思われる痕跡に検索をかけたのだ。

 私はその跡をつけて行き、ノエルがどこに向かったのかを探った。すると、近くの倉庫に行き着いた。
 倉庫は鍵が掛かっており、中に入ることは出来ないが、電子錠サイバーロックならば問題ない。私はシステムに侵入し、電子錠サイバーロックを外すと、倉庫の中に入った。

「やべえっすね……」

 倉庫の中には檻が積まれていた。

 檻の中には人間、主にまだ年端も行かぬ子供達や、スタイルの良い男女。

「十中八九、人攫いのアジトっしょ」

 私は唾を飲み込んだ。檻の中にスノウのような亜人がいないかを探すが見当たらない。

「おかしいなあ」
「どうかしましたか」

 生身の私の方の耳に、スノウの声が聞こえた。心配しているような、それでいて冷静にも聞こえる声。

「確かに妹さん、ノエルさんはここに連れ去られている筈なんですが、それらしき人がいなくて」
「そう、ですね」

 スノウの声が近い。耳元から聞こえてくるような気がする。どうしてそんなに近くに。
 そう思った瞬間に、私の首は締め上げられていた。

「……ッ!」

 私は急いで脳接続ブレインアバターインターフェイスを外す。目の前のパソコンディスプレイに鏡のように私の姿が映っている。スノウが布を私の首に巻き付け、首を絞めていた。

「何……ッ」
「ごめんなさい……じゃないと妹が」

 妹は今探しているのではなかったか。ただでさえ混乱した頭が酸欠で働かない。視界もボヤけて来た。

 糞。どうしてこんな。

「お姉ちゃん!」

 声がした。ビクッとスノウの手が震える。
 気付くと私の首は解放されて、自由に息が吸えるようになった。
 はあはあと新鮮な空気を肺に取り込んで、事務所内を見回した。

 スノウが床に倒れていた。

「悪い。遅れた」

 そのスノウに馬乗りになって、彼女を押さえ付けているのは、私にこの事件ヤマを斡旋した筈の探偵、ヴァイパーだ。

「お姉ちゃん。大丈夫。あたしはもう無事だよ」

 亜人の女の子が、スノウに駆け寄った。スノウと同じく、猫耳。スノウの髪の毛は雪のように白かったが、こちらは綺麗な黒髪だ。

「ノエル……? 無事なの?」
「うん。心配かけてごめんね、お姉ちゃん」

 二人の猫耳亜人が泣きながら抱き合っていた。
 何がなんだかわからない。

「ロビン、お前殺されそうになってたんだよ」

 ヴァイパーが床にへたりながら、疲れた様子で言う。それはまあわかる。しかし何故。

 ──話をまとめるとこうだ。
 まず、そもそもスノウが語った、この場所をヴァイパーから聞いたというのがそもそも嘘だ。
 スノウは実際には、ノエルがいなくなった時、常識的な判断としてまず警察を頼った。だが、それがよくなかった。この街の警官は賄賂で買収されている輩ばかりだし、スノウが駆け込んだ警察署の職員も例外ではなかった。
 警察に頼った筈の彼女はいつの間にか、この街の裏組織クヴァトの元へ連れて来られ、妹を助ける代わりに二つの条件を出された。
 一つは、裏組織クヴァトが現在抗争中の、興行師ショーマンの商品倉庫の場所を探らせること。そしてそれを探らせる相手、田原調査室ウチの人間を殺すこと。

 ヴァイパーからの紹介だ、と言えばこちらの警戒も下がるだろうから、と言うのが、嘘の狙いだったそうだが、まんまと嵌まってしまったのは随分と癪に触った。

田原の爺さん田原調査室の所長、こないだクヴァトの首領ボスに手酷い重症を負わせたらしいじゃないの。それで今、あの人自身も対策打ってるとこらしいんだが、妙な動きがあるからってあんたのとこを頼まれてな。来たら案の定、暗殺者が送り込まれてたから、それを防ぐ為に俺は奔走したってわけ」

 ヴァイパーの方は、先日に裏組織クヴァトがオークションで競り落としたばかりというノエルの居場所を突き止めて保護。それから私のいる田原調査室に駆け付け、私が殺されそうになったのを防いだ、と。

「だとしても絶対もっとスマートな方法があった! ほんと、糞ヴァイパー」
「仕方ねえだろ。こっちも焦ってたんだから、それこそ猫の手も借りたいくらいに」

 色々と言いたいことはあったが、助けてくれたのは事実なので、あまり強くも出られない。

「それはそれとして、この二人は」
「乗り掛かった船っす。わたしが匿って、折を見て街から出す」

 私は部屋の隅で泣き腫らして疲れ果てた二人の亜人を見た。元々ヴァイパーへの依頼だと言うのが嘘なのだし、この二人は私の所の依頼人に違いない。

「任せて大丈夫だな?」
「わたしを誰だと思ってるっしょ」

 独りが好きだが、仕方ない。暫くはこの二人と一緒に逃亡生活だ。

「その、ありがとう。ヴァイパー」
「当然っしょ」

 ニヤけた面で私の口調を真似するのが気に入らなくて、私はヴァイパーの腹に一発、拳を入れた。

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