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『AUTO HALL CITY』Chapter10:Ambiguous Past of A Little Gifted(真夜中の幻と霊媒の夢)

『Chapter10:Ambiguous Past of A Little Gifted』

 空は暗く、天然の光は星明かりくらいだけの時間。そんな時間でも、この眠らぬ街アウトホールシティは変わらず煌びやかさを消さないが、それでもやはり昼とは違う。
 真っ当な生活をしている人間の殆どは眠りに入り、活動しているのは訳ありの人間が多い。そうでなくても、地下街や裏通りが活発になる。

 故郷では、真夜中ミッドナイト幽霊の時間ガイスターストゥンデとも呼ばれていたことを思い出す。

 人間の義体サイボーグ化や人造人間バイオロイドの製造。そんなことが可能な時代になっても、人間の習性というものは、夜には神秘性を感じ取る物なのか。

 私の研究もまた、真夜中ミッドナイトにこそ強く成果を残す。

「脳波計に異常あり。視覚情報は正常。しかし後頭葉に大きな反応。大脳皮質の血流も上昇」

 私はに装着した脳波測定用ヘッドセットから送られる情報データを事細かに纏めて行く。何度確認してもこうだ。間違いなく、彼の脳は私の欲しい物を捉えている。

「やっぱり貴方の脳は、貴方が何かを視ていることを示してる。それは間違いないのに」

 もどかしい。これが有意な結果であることを示す為には後一歩が必要だ。実験結果を集めればきっと……。

「僕が見ている物にこうして真剣に向き合ってくれるだけ嬉しいよ。両親も、教会の先生も皆、僕が見ている物はまやかしだって」
「そんなことない。貴方には素晴らしい才能ギフトがある。誰もそれを認めなくても、私が保証する。貴方は特別なの」

 私は実験に協力してくれている男の子、カインの頭からヘッドセットを外した。

「今日はここまでにしましょう」

 私はカインの肩を優しく叩き、ベッドに入るように促した。カインがヒラヒラと手を振って、寝室に向かったので、私も手を振り返す。

 死者との交信。私が研究しているのはそれだ。

 人間の記憶を情報データとして処理して、脳に書き出すことすら可能になった現在、以前は超科学の領域であった筈の、人の魂の在処については一つの探求すべき命題となった。
 死者の国アストラルワールドが一体どんな形で存在するのか、我々は未だ何も知らない。
 そんなものはないと断言する者も居る。

 だが私は諦め切れない。人間の記憶を情報データ化できるならば、それは心や魂を物質として取扱えることが出来ることに繋がる。
 死者の国アストラルワールドをも科学的サイエンスな探究対象とし、その交信方法を調査する。それが私の求める研究だ。

 人はこれまでも、未知を、恐怖を、その対象を正しく知ることで乗り込えて来た。ならば、死をすらも。

「いけない。毎日ぶっ続けで無理し過ぎたかな」

 少しだけ目眩を感じたので、机に置いたコップから水を飲む。
 それから寝室に向かい、様子を伺った。

 既にカインと、一足先に布団で横になっていた弟のアベルが隣り合って仲睦まじそうに眠っていた。

 二人とも元々は戦争孤児を集めた孤児院に居たのを、兄弟共々に私が引き取った。
 慈善事業の為ではない。

 カインが私の研究に必要不可欠な協力者だったからだ。

 彼には、死者を見る力がある。所謂、亡霊ゴーストと呼ばれる存在を、彼は知覚出来る。
 当然、殆どの人間が彼の言葉を信用しなかったが、死者との交信を研究対象としていた私だけは、彼のその力に目を付けた。

 正直な話、贋物ならそれはそれで構わない。その時は二人とも適当な施設にまた送るだけだとすら考えていたが、カインの与えてくれる結果は注目するに値した。

 脳の働き、彼の行動、その全てが、彼が亡霊ゴーストと何らかの形で繋がっていることを示唆していた。
 私は歓喜し、研究の次の段階へとステップアップする為の実験を毎夜繰り返していた。

 彼の眼が、真夜中ミッドナイトにこそ強く作用することだけは、実験の積み重ねで突き止めた。だが、それだけだ。
 死者との交信、それが現実的に行われていること、そして恒常的に利用可能なものであることを示すにはまだまだ実験が足りない。

「人が未だ到達しない領域に挑戦しているのだもの。直ぐに成果が出るとは思ってない」

 途中やはり目眩を感じつつも、ここで寝たらまた明日が大変なだけだと、私は自分に言い聞かせながら、今日の研究結果を端末に纏めた。

 そんなことを繰り返していた、ある日のことだ。

 市長直轄の研究機関から、私の研究に興味を持ったと言う報せが届いた。近日中に私の研究を見学に伺いたいという申し出で、私としては願ったり叶ったりだ。
 研究が有意義な物であると、公的機関に認められたならば、潤沢な資金や有能な調査員を確保して、更なる研究の発展が望めるかもしれない。

 そう思い、最大限の準備を行なって、私は研究機関の職員を我が研究室に招いた。

 結果は散々だった。

 いつもならば問題なく動く筈の脳波計が機能しないばかりか、機能してもカインの能力は働かない。私が欲しい実験結果が、再現されない。

 私は焦りつつも、いつもはこうじゃない、彼の力は本物なのだと力説したが、職員は首を横に振るばかりで、私に労いの言葉を掛けるだけ掛けて、二度と連絡を寄越さなかった。

 少しだけ、こうなることは恐れていた。

 所謂、山羊・羊効果シープ・ゴートエフェクトだ。オカルト的な実験は、それを信じる者がいる環境では結果を出すが、そうでない、否定派がいることで再現性をなくす、という現象。

 しかしそれは、客観的に見れば単純に、私の今までの研究結果は単に私とカインの妄想であっただけ、という可能性をも意味する。

「そんなことない……」

 人は信じたいもの、見たいものを見る。科学研究もまた同じだ。どんなに偉大な科学者であっても、無意識のうちに実験結果を作為的に捻じ曲げてしまう危険性を持っている。

「先生、僕が悪いんです……」

 カインは失意の中にいる私に、そんなことを言った。

「僕がちゃんとしていれば、先生も僕を証明できたのに」

 私は涙目で訴えるカインの肩を抱いた。

「貴方のせいなんかじゃない。私が、私がいけないの。もっと、もっと実験を重ねなければ」
「僕で良ければ幾らでも力になります」

 カインの力強い頷きを見て、私はそれまで以上に研究に没頭し、カインの力を確かめた。
 時にはどんな環境下でもカインの力が観測出来る様にと、カインに負荷をかけて実験を行ったり、わざとカインに嘘の結果を伝え、カインを追い込みもした。

「大丈夫です。大丈夫です、きっと。僕達を拾ってくれた先生の為にやれるだけのことは、しなくちゃ」

 カインはそう言ってくれた。日に日に私にもカインにも隈が目立つようになり、二人とも体重が以前の半分以下になっていることにも気付かなかった。

 実験を続ける私達二人に、弟のアベルがボソリと言った。

「もうやめようよ」

 私達を見ていたなら当然出て来る、小さな男の子のそんな当たり前の忠告。
 精神的にも参っていたのだろう。それを聞いて、私の中に渦巻いたのは、感謝などではなく。

 怒りだ。

 燃えたぎるような怒り。私達のやることを何もわからない癖に。お前には何もできない癖に。

 私は右手を空に掲げた。

 アベルの頬を叩こうとして、パシーンという大きな音が耳に届いた。

「お前は黙ってるんだ!」

 アベルを叩いたのは、カインだった。カインは血走った目でアベルを見下ろし、首根っこを掴んだ。

「僕達を養ってくれてるのは誰だ!? 僕を認めてくれた唯一の人は誰だって言うんだ!」
「先生……だよ」

 アベルの目から、涙がポロポロと流れた。泣けば良いと思っているのが、幼い子供の悪いところだ。
 それに比べてカインはこんなにも私のことを理解してくれているということに安堵した。

 だが、その日から数日後だ。

 私の研究室に、市から職員が派遣された。最初はまた研究機関が再度私の研究を認めに来てくれたのかと思ったが、違った。

 私に、養子への虐待の疑惑が掛かっていた。

 最近のカインの様子を見て、近所の人間が通報したようだ。
 皮と肉だけに見えるくらいに痩せ細り、まともに食事をさせていないのではないか、と。

「馬鹿言わないでください。僕は、先生に良くしてもらっています」

 カインは職員にそう伝えたが、それが逆に良くなかったのだろう。
 数日後、福祉課の人間がカインを引き取りに来る、とそう通告を受けた。

 そんな馬鹿な。
 そうなったら研究はどうなる?

 私の命を賭けた研究が。人類の進歩が。

 通告を受け、錯乱したのは私だけではなかった。
 カインもまた半狂乱となり、家中で叫び回った。それ程に、以前居た孤児院では良い扱いを受けていなかったらしい。

「先生と離れるなら、死んだ方がマシだ!」

 カインは実験道具用のナイフを手にして、己の首筋を切った。
 私は慌ててカインを止めに入ったが、カインの首からはドクドクと血が流れ続けた。
 私は自身が顔面蒼白になるのを感じた。体温を感じない。私だけでない。カインのも。

 私は出来る限りの応急措置をした。病院になんて連れていけない。そんなことをしたら、カインと直ぐに引き離されるに決まっている。そうなれば私はもう二度とカインに逢えなくなる。

 実験が、続けられなくなる。

「カイン、死なないで。貴方が死んだら私は」

 私の頬を涙が伝ったが、冷たさも暖かさも感じない。

 カインは眠り続けた。

 市の職員からカインの受け渡しをしろと通告を受けた日が刻々と近づいて来る。

 もう駄目だ。

 私は焦った。何とかして、何とかして現状を打破しなければ。

 真夜中ミッドナイトに悩む私の目に、未だ幼い寝顔を晒すアベルが目に入った。

「私の研究は本物だ……」

 間違いない。本物だ。カインの目も本物だ。私の実験結果も本物だ。それなのにこんなことで終わらせて溜まるか。

 私はアベルを叩き起こした。

 アベルは泣きながら私に引き摺られて、ヘッドセットを付けられる。大きな悲鳴をあげて喚くので、その辺に落ちていた靴下を口の中に詰め込んで黙らせた。

 このヘッドセットを通して、カインの脳波情報データは全て残してある。

 その情報データを、アベルに書き出す。

 カインの力は本物だ。この研究結果も本物だ。

「本物なの。カインのような奇跡が、二度手に入るとは限らない。貴方はカインと同じになるの。いいえ、貴方はカイン。カインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインンンン」

 これまで実験で得たカインの脳波情報データを全てアベルに書き入れる。掻き入れる。

「貴方はカイン」
「僕はカイン……」
「市の職員に捕まっちゃ駄目。貴方はきっと、また酷い目にあう」
「酷いのは、嫌だ……」

 私はにっこりと笑って、アベルの肩を抱いた。
 大丈夫。私が貴方を守るから。
 カインが居なくなっても、アベルがカインと同じ眼を受け継げば、研究は続けられる……!

「動くな!」

 研究室の扉が乱暴に開けられた。
 扉の向こうに、銃を持った重装備の警備員が何人も並んでいる。
 さっきのアベルの声が聞こえた? それともカインが叫び回った時にまた通報が?

 考えている時間はない。

「カイン、逃げなさい!」

 私はアベルに叫ぶ。
 アベルはもしもの時の為に設置していた研究室の隠し通路を使い、外に出る。

 私は安堵した。
 これで大丈夫。私さえ生きていれば、問題なく。

 銃声が響いた。

「……は?」

 私の胸が赤く染まっている。今まで感じられなかった、暖かさが、じわじわと胸から全身にかけて走った。

「お前えええ!」

 私は激情し、警備員の方を振り向くが、その瞬間に、更に何発もの銃弾が、私の目の前を飛んだ。

「私……私の」

 カインは無事で居てくれるだろうか。カインが死んでもカインが生きていてくれれば、あの奇跡は保存される。カインが生きてくれれば……。

「あれ?」

 私は何を言ってるんだろう。カインは首を切って、それで──。

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