もうひとつのアオイハル。【#2000字のドラマ】
聞こえてきたリズミカルな掛け声と足音は、ランニング中のサッカー部のものだった。
どうして自分だけが制服姿なのだろう。
彼らを眺めているとだんだん情けなくなってきて、渡り廊下を早足で渡り切った。
「タクミさん」
昇降口で俺を呼び止めたのは、リクだった。
「おー、お疲れ」
「もう帰るんすか?」
手にはミーティング用のノート。額に光る汗、それに泥だらけのスパイクが「サッカー少年」の見本のようで眩しかった。
「たまには練習、来てくださいよ」
「まあ、そのうちね」
悪気がないのはわかっている。
リクはそんな奴じゃないし、それなりにかわいがっていた後輩だ。次期エース候補と言われるだけあって努力を惜しまず、助言を聞き入れる素直さもある。
みんなよく口にしていたものだ。卒業後のタクミの跡を継ぐのはリクだ、って。
「県大会、絶対優勝しますんで」
リクが言う。希望いっぱいに満ちた瞳で。
「タクミさんの分も頑張ります」
「頼むわ」
リクの肩にグーパンチして、別れた。
左膝の前十字靭帯断裂。実戦復帰まで早くて8ヶ月。
目標にしていた夏の大会は絶望的で、一足早い引退を余儀なくされた。
3年に進級して間もなく、桜とともに、俺の夢も散ったのだった。
校門の外に、他校の女子が立っていた。
馴染みのあるその制服に、思わず足を止める。
「...ミオ、」
「久しぶり」
隣の高校に通うミオとは、2年の秋に別れたきりだ。
練習練習でろくに会えず、喧嘩するほどの余裕もなく、最後は殆ど自然消滅みたいな状態だった。
「足、大丈夫?」
「...なんで知ってんの?」
別れたのは怪我をする前だし、別れてからは一度も連絡をとっていない。
「ここに通ってる友達に聞いた。タクミ最近、全然練習試合に出てなかったから」
「見にきてたの?」
「うん。全部」
全部?
別れた後も、全部?
せめてもう少し電話をしてやればよかった。
やりきれなくなる夜は、いつもミオの顔が浮かんでいた。
何もかも犠牲にしたのにあんまりだ、と、神様を何度恨んだか知れない。
ひとりにひとつだけの青春なんて、リスクがデカすぎるよ。そのひとつを失くしたら、何も残らなくなってしまうというのに。
「全部つまんなかったけどね」
笑って、ミオが言う。
「一緒に帰ってもいい?」
何も残らなくなってしまう、その前に。
もうひとつの青春を今からやり直してみるっていうのも、アリなのかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?