ミラクル・フォン 【#2000字のドラマ】
あぁ、こんなことしたくない。
心とは裏腹に、受話器を握りしめて覚悟を決めた。
『...はい』
「あ、俺俺」
『俺?』
「うん。俺だよ、俺」
電話に出たのは女性だった。
誰が出ようと、俺の次の一手は既に決まっている。
この後の台詞はこうだ。
会社で使い込みがバレて300万円必要になった。すぐに払えなければ警察に突き出されてしまう。どうか助けてほしい。
乱雑に書き殴ったメモを前に、高まる緊張を鎮めようと深呼吸した、そのときだった。
『...イワイくん?』
「へ?」
『イワイくんだよね?その声』
どうして、俺の名を。
『私、リナだよ』
「リナ...?」
『中学同じだった。ほら、生徒会でさ』
「あぁ、」
思わず驚嘆の声をあげてしまった。
ヤバイ、と思ったときには遅くて、電話の向こうの声が弾んで跳ね返ってくる。
『なつかしー!元気だった?』
「あー、うん。まあ」
『今何してるの?まだ実家?』
「えっと...」
何してる、って。オレオレ詐欺の真っ最中なんだけど。
「...そっちは?」
『去年結婚して大阪にいるよ』
「そうなんだ」
何故か、ちょっと残念な気持ちになった。
卒業してから数回グループで遊んだくらいで、もう何年も顔を見ていないくせに。
『生徒会で一緒だった、ユウタって覚えてる?』
「ユウタ?...ああ、書記かなんかの」
『そのユウタが、私の旦那さん』
「えっ」
『イワイくんは会長で目立ってたし、あんまり接点なかったよね』
確かにリナの言う通りだった。
生徒会長に加えて文武両道、外見もまあ悪くなかったし、自分で言うのもなんだけど俺はモテるタイプだったと思う。
それに引き換え、ユウタは地味な奴だった。名前を聞いただけでは顔も思い出せない、その他大勢の生徒の一人でしかなかった。
そんなユウタが、副会長で学校一の美人だったリナと結婚?嘘だろ?
『本当に懐かしい。嬉しいな』
呑気に言うリナに、拍子抜けした。
オレオレ詐欺して喜ばれるなんて、聞いたこともない。
「よく俺だってわかったね」
『私、あの頃イワイくんのこと好きだったからね』
「え、」
『特に声が好きだったの』
「へー...」
10年越しの新事実に、ドギマギしてしまう。
『今度みんなで会いたいね』
「...だね」
実現するはずもない提案に頷いて、電話を切った。
犯罪に手を染めた元生徒会長と、美女をゲットした元地味な書記。
顔は今も思い出せないままだけど、これ以上ないほどの大逆転劇に、苦い笑いが込み上げた。
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