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アウトドアが好きで6年勤めたアウトドア総合メーカーを辞めました

これから僕はどうなるのか。

退職してまだ間もないですが不安ばかりで押しつぶされそうです。それでもがむしゃらにもやりたかった事をやっていく予定です。

フリーランスの友達からは「力抜いて夏休みだと思って全力で遊んじゃえ〜」とアドバイスを言ってくれて、割と真理だなとも思ったり。

先に結論を言うと、「会社を辞めて、夢だったロングトレイルを歩いて、家業の酒屋を再出発させる」
そんな予定です。

記事のBGMはこれ
「河口恭吾 - 会社をやめて旅に出よう」

(超満員の電車の時はこの曲)

本記事は全て無料です。
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簡単な自己紹介

物心のついた頃から父と共にロボットコンテストに出場しモノづくりの楽しさに触れていました。何でも自分で作る父に影響されて、機械加工やレザークラフトなどをして小遣いを稼いでいました。
ボーイスカウトを通じて自然の素晴らしさを知り、自転車が好きになり、どこまで遠くへ行けるのか愛知から京都へ行ったり、博多へ行ったり旅を繰り返し、MTBコースを開拓したり、泥まみれで擦り傷だらけの青春でした。
いつの日か自転車で日本中を走り回りたいと思うようになりました。

旅をしていたら仕事が見つかった(大学就活編)

入社のきっかけは大学を休学してママチャリで日本一周中に登山口までアプローチをしていたとき。

たまたまアウトドアイベントに遭遇して「ママチャリでヒルクライム?イベントの参加者じゃないよね…?」って企画していた会社の広報部と会長から話しかけられて仲良くなったのがきっかけです。

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開山祭だったのでお祭り騒ぎで沢山の人を紹介してもらいました。

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登山用品を買うお金が無くレインウエアはホームセンターで買った合羽。そんな合羽で登山をする私の姿を見た会長から「そんなんじゃあかん。旅に持ってけ」とゴアテックスのレインウエア上下を頂き、下山後の打ち上げに参加したりと強烈で思い出深い山となりました。
日本一周後は日本一周中の友人に貸したりしましたが、穴が沢山ありながらも今でも大切にしています。

こんな会社で働けたら楽しいだろうな〜なんて思いました。

そして僕にとっての教科書になるような本と巡り会えました。

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旅先で出会った偶然出会った高校の先生。植村直己の「青春を山に掛けて」をおすすめしてくれました。旅中に僕の中の冒険心と登山スイッチがONになりました。


日本一周が終わって、友人は大学を卒業して社会人になっていくのを横目に就職活動が始まりました。

CADや電気工事などなど工業系資格を取りまくっていたので工業系企業なら就職は困らない状況でしたが、いや…そもそも働く必要はあるか?旅しながらバイトでいいんじゃないか?(旅人にありがちな思考)
いやでも普通に働いてみたい気持ちもある。新卒カードで一般企業へ行くのも悪くないか…

当時YouTuberという職業が生まれ、旅しながらYouTuberになれば?みたいなことも真面目に言われたこともあった。

そういえばアウトドアのイベントで偶然出会った社員は誰も日焼けをしていて楽しそうで魅力的に見えました。

気がつけば某アウトドア総合メーカーの入社試験が始まり、エントリーしました。

そういえば入社面接のとき交通費が出ると聞いて、小遣いにするためにヒッチハイクで入社面接へ行き、浮いた交通費で冬山装備を買い足して厳冬期の大山へ行きました。

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面接では…

「なんでこの会社を選んだのか?」
・アウトドアが好きだから
・旅が好きだから
・自然が好きだから
・社員がみんな休日に遊んでいて楽しそうだから
・給料が平均並みだから
・年間休日が120日あるから

「10年後は何をしたい?」
体力と行動力があるうちに、できれば3年以内に仕事を辞めてアメリカのロングトレイルを歩きに行きたい。世界一周もしたい。

やりたいことをすべて正直に話しました。

別に採用されなくても良かったし、期間工員でもアルバイトでもして生きていける。それにまだ採用試験ははじまったばかり。
カメラマンとしても頑張ってみたいとも思っていた(当時は写真を撮っている人自体が少なかったから)。

だから採用面接では思った事をそのまま「3年以内に辞める」とか言ってしまいました。

それなのになぜか採用されて入社することになりました。


開発した商品を数え切れないほどの人に買ってもらえた(プロダクトデザイナー編)

新入社員全員は店舗に配属されます。ここから本社に行けるのは数人のみ。
商品作れないなら辞めちゃお〜なんて思ったり。

しかし、次の年には本社の企画部でプロダクトデザイナーとして配属されることになりました。

私は得意な金属や樹脂に関わるギア商品の設計開発の担当になりました。

会社はファブリック系が強く、ギアの開発環境は良くありませんでした。工学部出身は私と1人の上司だけ。(むしろデザイナーなのに工学出身という経歴の方が異端かも…)

開発環境を整えるため生意気にも何枚もの稟議書を書きまくり3Dプリンターを年々増やし、良い環境を構築していきました。
CAD/CAE解析ができるハイスペックPCを導入したりも。
文句ばかりでうるさい社員とも思われても「3年以内に辞める」と考えていたので気にせず好き勝手にしていました。

後にファブリック系ギアなども一部担当したり。某フレームの開発をしたり。3Dプリンターも自作したり、サイドプロジェクトをやらせてもらったりと忙しくとも刺激的で楽しかったです。

工場からのSOSが入りパーツを設計開発して3Dプリントをして送ったり、他部署からも「こういうのできない…?」と相談を受けて他部署の業務改善もしていました。改善はパズルを解くようで楽しかった。
「あいつならできるやろ〜」と社長や役員の方から仕事をいただいたりもしました。

色んな人から頼ってもらえてやりがいがありました。

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カタログを見返すと思い出がよみがえります。
何万人ものユーザーレビューのレビューで嬉しくなりました。
(そういえば雑誌とかテレビの取材も良くあったので端っこに写り込んでいたりもしました。)


○楽しくて辞められない(気がつけば6年編)

「なんでこの会社を選んだのか?」
社員がみんな休日に遊んでいて楽しそうだから
給料が平均並みだから
年間休日が120日あるから

デスクワークなのに毎月10日分の休みがあり、土日が10日以下だと好きな平日のどこかを休めました。
有給と自由な平日休みを組み合わせて1週間の休みを取ったり、有給をまとめて消化して1−4週間海外の山に出たりする人も。
noteに書いた一人旅はそんな感じでまとめて休みを貰って旅をしていました。

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アウトドア好きな人で構成された会社なので同僚や上司は友達のように休日は遊びっぱなしです。

金曜日になると会社に大量の荷物を持ち込んでそのまま山やスキーやカヤックをしたり、みんなで有給とってアルプス縦走したり。
商品開発の立場として商品を常にテストをしていました。新商品を使うのは楽しい。

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冬は罠猟をしたり、休日は充実した時間を過ごしました。
毎週のように大阪と北アルプスを往復してスキーやバックカントリーをしてました。
(まだ板を買って2年の初心者)

経験を積むごとに自由な商品設計ができるようになり、毎週の様に遊びに出かけ、年々と楽しくなり辞める気持ちが無くなってしまいました。
そして気がつけば勤続6年目です。

何か忘れてる気がする。

○会社を辞めて旅に出よう(心を決める編)

居心地の良さに忘れていたロングトレイル。周りの友達は世界一周をしたし、同い年の人が登山業界での活躍を横で見つつ、楽しいけどなんでこんなに頑張って働いてるんだろ…

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それにまり子と結婚して、安定した会社で好きな仕事をして、どう見ても幸せです。

仕事は楽しいけど、しかし集団行動なので不満は無いわけではありません。
「アウトドア企業って自由なんでしょ?」という就職希望の人の期待に釘を刺すと、アウトドアを基軸にした一族経営の普通の会社でした。部署によっては非常に忙しく、私は最も忙しい部署でした。

もっと自由に商品開発をして、フィールドテストを沢山して良いものを作りたい。
アウトドアフィールドが近いところに住みたい。
自分の足も見えない満員電車には乗りたくない。
旅に出たい。
など色んな感情が横切りました。

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上で紹介した植村直己は29歳で世界初の五大陸最高峰登頂者となり、上で紹介した「青春を山にかけて」を執筆しました。
そんな僕も今年で29歳になり、いつの間にかこの本の植村直己に並んでしまいました。

そういえば2018年頃にたかくらさん(現在Youtuber)が退職の挨拶に来たのを捕まえてテアラロアのロングトレイルについて色々と聞いたのを覚えています。

そういえばロングトレイル行くのが夢で3年以内にやめるって入社時に言ったな〜と。

28歳は僕の中で体力と行動力と資金力が交わる点だと考えていました。28歳は転換期と思っていました。
次々と仲の良い同僚が会社をやめる事となり、自分のやりたかった事に挑戦するために仕事を辞めることを決めました。
(辞職者の半数は好きなアウトドアフィールドへ引越して辞めていきます笑)

2020年28歳にロングトレイルへ行こう。

夢だったパシフィック・クレスト・トレイル(Pacific Crest Trail、略称PCT)4260kmを歩きに行こう!
と着々と準備を進めました。

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これがPCTのMAP
心を決めてから部屋に飾っています。

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4260kmの半径で東京中心に円を描いてみました。
ギリギリでパプアニューギニアへ行けそうです。

アメリカはトレイルによっては許可証の申請が必要なので2019年10月に許可証を勝ち取り、あとはビザの申請だけです。
そして辞表の直前2020年2月にコロナウィルスが流行してしまいます。

なにもできなくて抜け殻みたいな年でした。

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2021年こそと再申請をして準備を進め、許可証を再び勝ち取るものの、ビザが再開せず断念。


先の見えない状況に絶望しました。

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ロングトレイルはもはやどうなるかわかりません。

実はもう一つ、ロングトレイル以外に仕事を辞める理由があります。

私の実家は愛知県で創業昭和7年の売り酒屋です。
コロナよりもコンビニの流行によって潰れかけていました。
なので創業90年をきっかけに私が継いで事業を再スタートさせたいと思っていました。
この先の見えない世の中でロングトレイルよりも優先に行動することにしました。
ロングトレイルは行ける時に行けたらいい。

そうして2021年6月末に辞表を出しました。

その勢いで初夏の北海道の十勝岳を縦走してきました。雪が冷たくて気持ちよかった。

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○会社をやめるとき

会社をやめるのってすごく簡単でした。
工学系の新人が居ないのでかなり引き止められましたが、これまでなんとかなってたし大丈夫。
あとは引き継ぎをしてお終い。
子供部屋みたいだと上司に散々言われていたおもちゃだらけのデスクは綺麗サッパリに、新人のテーブルになりました。

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外注するような仕事内容でも内製化する社風だったので商品の設計開発&プロダクトデザイナーという立場なのにも関わらずあらゆる経験を積ませてもらいました。

退職記念にテンカラ釣りセットを頂いた。
9月のシーズンは終わるけど、管理されていない釣り場ならまだ何合うかも…?
誰か行きましょ。

そして、妻のまり子は…?
今回をきっかけにいろんなことを話しました。子供はまだいないのでまだ動きやすい。
まり子の職場が私の実家の方にもあるので異動という形で仕事と共についてきてもらえる事になりました。12月に引っ越す予定です。
(本当にありがとう…)

○会社に勤めてよかったか

働く前はバイトやフリーランスでいいや〜という思考でしたが会社に勤めることで海外経験や取引について、物作りへの理解などインハウスじゃなければ絶対に学べない規模の事を経験しました。

特に中国工場への出張は楽しかった。
中国のスパイシーな料理や普段食べることの無い食材などが好きでした。

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アヒルの頭の脳と目が一番好きだったかも。
最後に出張へ行きたかったけどもやっぱりコロナ。行く直前に国境が封鎖されました。

○会社を辞めてでもやりたいこと

市役所やハローワークへ言って色々と手続きをして、それもあっさりとできた。
これから税金や年金とか恐ろしい…

4月に豊岡市植村直己冒険館がリニューアルしたので退職を機に行ってきました。
小説よりも生々しいビデオや道具を見る事がでします。これからチャレンジする勇気をもらえました。

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あと上司に船釣りへ連れてって貰ったりしてめでたい!

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さらにめでたいことが続き、2021年8月30日にアメリカのBビザ発行が再開されました!!やった!!!
つまりつまり、店の再スタートを理由に退職をしましたが、コロナの蔓延状況次第ですが2021年4月からロングトレイルへ行ける可能性があがりました!

酒屋を継ぐために、ロングトレイルへ行くために会社を辞めます。

酒屋はコンビニが溢れた現在の状況では営業は、個性のある酒屋ではなければ経営は成り立ちません。
今後は私の好きな酒や山、アウトドア用品の仕入れ販売、商品開発をしていく予定です。

アウトドア用品の開発は資本金が必要なのではじめは大きな事はできません。独自素材も難しい。
ガレージブランドらしく小さな事からコツコツとリリースしていきたいと考えています。
この今の時間を使ってロングトレイルで使う装備ができるだけ作れればと思っています。

そして退職宣言をしてから工業用ミシンを2台購入しました。もう1台買う予定でこれで満足できるクオリティの商品が作れると考えています。
道具は手元に無い事には始まらないからこういう投資はすぐにするようにしています。

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これからは店の再スタートの準備しながらロングトレイルへ行く予定です。
ロングトレイルへ向けて体力作り、情報発信、ロングトレイルの資金集めていきます。

なので写真の撮影依頼、レビュー案件、私が細々と作って販売する商品など、お仕事があればぜひご連絡下さい。
もちろん観光や旅や商品の設計支援などのお仕事も可能です。
(GoPro10を買いたいので切実に…)

経験や特技やスキル
・樹脂金型
・電子機器
・板金、プレス加工
・電気工事士一種合格
・アーク/ガス溶接
・FDM/SLA などの3Dプリンターの組立設置経験
・2D CAD (AutoCAD)
・3D CAD (Solidworks,Fusion360,CATIA,NX)
・CAD/CAM/CAE解析
・Illustrator
・Photoshop/Lightroom
・バックパック等の縫製など
・レザークラフト

CAD/CAM/CAEは特に得意です。

そしてそして、早速プロダクトのお仕事をいただけたり、嬉しい限りです。
楽しいし、辞めてよかった。

毛嫌いしていたYouTubeをはじめる

YouTube創世記の頃から中学生の頃から大好きで、星5つ評価の時代だったYouTubeが一番好きでした。
大学生の頃はカメラを買って2012年頃からYouTubeでバイクの排気音を発信しており僅かに収入がありました。

当時は「100万円当選しました!」とかのアウトなバナー広告もあったりしましたが、あれからYouTubeはみるみる健全なプラットフォームへ変わっていきました。

そういえばJerry C のCanon Rockとか大好きでした。
これがやってみたい!と中学生の僕はギターを買ってもらいあまりにも難しくて諦めてしまいました。

音楽に限らずに一発取りノー編集なアンダーグランドな雰囲気が大好きだった。

YouTuberという文化が根付き、誰でも発信できる環境になりましたが、テレビらしくなってきたYouTubeはテレビ嫌いな僕はいつの間にかYouTubeから離れていき、Twitterをメインに発信していました。

今回仕事を辞めて時間ができたので、YouTubeやTiktokやInstagramを見るようにしているのですが、今更ながら現在の雰囲気の動画にハマってきましたw

情報収集の時間効率が悪いとか、テレビ的だから見たくないとか否定していた自分が恥ずかしいです。めちゃくちゃおもしろい。
今じゃ暇さえあればYouTubeを見ています。

収益化できたら嬉しいですがそれは一旦置いといて、私がこれからしていくことが動画でも発信できればと思います。
これで大好きなアウトドアについても発信できそうです。

私の動画を通して、プロダクトの面白さ、自然の美しさと面白さが伝われば嬉しいです。

Twitterで写真を発信していて思いましたが、テーマが無くても自分の好きを発信していけば色んな方に見ていただけているなと思いました。

現在の青色のプロフィール写真は友達が撮るのを手伝ってくれた大好きなプロフィール写真ですが、アウトドア感が薄いのでいずれもうちょっとアウトドアっぽいものに変えたいと思っています。

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さらに今後は本名で活動をしようと思います。
よく「宮地」じゃなかったの?!と言われますが…中学生の頃から「みやっち」と呼ばれており、大学の頃にはいつの間にか「みやち」になり。「Miyachi」として活動していました。

私のストアをご利用してくださった方はご存知かもしれませんが、宮崎正紀(ミヤザキマサキ)といいます。SNSはなんとなくカタカナで。
当分はMiyachiも併記していきます。

これからはMiyachi / ミヤザキマサキとしてよろしくお願い致します。

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