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第4章 人間社会のあり方

フランスの政治家であり哲学者でもあるアレクシス・ド・トクヴィルは、人間社会のあり方を深く思考した人である。1805年生まれで、1827年に司法の官僚になり、1839年に国会議員となる。1848年に二月革命が起こり、フランスは共和制国家になり、トクヴィルは外務大臣になった。しかしナポレオン三世が皇帝になった時、政界をはなれた。

彼には1840年『アメリカの民主主義』という著作がある。彼は1831年、アメリカを訪問してアメリカ社会を観察した。トクヴィルは政治家として常に「国家のもとで国民は良い暮らしをしているか」と考えて行動した。その観点で彼は民主主義社会のことを注視してきた。
彼の結論は「民主主義が長く続くと、その社会はおかしくなる」というものである。「民主主義が長く続くと、政府は民主主義の存在を忘れてしまう。政府は多数決で物事を決める。国民は個人主義になり、国民は公のことを考えなくなる。国民は生きるために利己的になり、拝金主義になる。結果として国民は人間としての真の自由を失い、人間としての価値判断能力が劣化する。つまり人間は思考能力がなくなるというのである。こうして文明の混乱が起こり、没落する」とトクヴィルは言った。プラトンとアリストテレスもトクヴィルと同じことを言っている。

ウインストン・チャーチルは「これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」

トクヴィルはこう言っている。民主主義、自由主義、個人主義を押しすすめると、人民は良い考えや、伝統的考えに見向きもしなくなり、目先の損得で動き、勝ち負けで行動する。じっくりと人間の人生のあり方を考えることをしなくなる。特に個人主義が人間社会をスポイルしてきた。大衆は優れた人から学ばない。社会の動きには関心がなくなり、「公徳心」がなくなる。
ギリシャ時代には「個人主義」という言葉は存在しなかった。フランス革命以前の社会では、人は自分の祖先を敬い、自分を犠牲にしても子孫を守り、隣人に対して配慮してきた。
しかし1789年のフランス革命以後の世界は変わってしまった。ブルジョア革命とも呼ばれるが、この世界は人間個人が自由に動く時代になった。先祖のことも子孫のことも考えなくなった。人間はバラバラになり、共同体的な人間関係は廃れてしまい、頼れるのは自分だけになった。人は孤独な競争者になり、目の前の動きに反応して行動する人間になった。人間の思考力が劣化してきた。深い分析能力を失い、「今だけ、金だけ、自分だけ」で動くことになる。この啓蒙主義が、宗教を否定し、社会を良くしようという考えがなくなった。この変化はアメリカ人にもすぐ現れた。過大な自己評価をし、自己主張し、損得で動くようになった。道徳心や隣人愛を捨ててしまった。啓蒙主義により自由を求める国民が真の自由を失った。

トクヴィルは「社会がおかしくなったのは『啓蒙主義』が出てきたためである」と言った。17世紀の後半に現れた啓蒙主義はイギリスのジョン・ロック、トマス・ホッブズにより広められた。それまでの王政社会の権威主義、宗教心を否定し、人間の考える合理主義で考えるべきだとした。つまり啓蒙主義は「民主主義」・「自由主義」・「平等主義」という概念を国民に押し付けた。 これによりフランス革命がおこったのである。しかしフランス革命によりフランス社会は大混乱し、国民は苦しめられた。

民主主義社会は、「多数派主義」になり、多数派主義が専制政治、独裁政治に化ける。ヒトラーも選挙で選ばれてから、多数派主義で「独裁政治でナチス体制」を作った。
つまり「民主主義」という旗を掲げ、多数派が少数派を抑えて支配し、これが全体主義、独裁主義に変わっていったのである。自由主義、平等主義は個人主義を生み、共同体精神が失われ、社会全体の調和が失われた。

サミュエル・ハンチントンは、『文明の衝突』で言っているように、それぞれの民族はその国の風土、長い歴史の中で、独自の文化、文明を形成する。
ロシアにはロシアの独特の文明、文化がある。日本は日本の固有の文明、文化がある。したがって国によって民主主義、自由主義、平等主義の形態は大きく違っているものである。

ロシアは、長い歴史の中で「集団主義の社会」になり、民衆は強いリーダーを求める。従って、通説のような民主主義、自由主義はロシアには存在できない。ロシアは、ロシアの風土、歴史のなかで「ロシア精神」、「ロシア魂」、「共同体精神」を持った国になった。プーチンは彼が大統領になりロシア正教を国の宗教として、ロシアを共同体精神の強い国にした。しかしアメリカのDeep Stateはロシアの国を弱体化し、ロシア精神を壊そうとしてきたが、それは成功していない。

日本は、縄文時代から共同体主義の国で、個人主義ではない。日本人は日本精神・魂、大和心、家族主義・八紘一宇の精神で生きている。宗教も八百万の神をベースにし、日本には敵はいないとしてきた。しかし戦後アメリカGHQ・Deep Stateはこの日本の文化をアメリカにとって怖いものだとして、日本文化を破壊してきた。そのために戦後生まれの日本人の心から日本精神、武士道、大和心、八紘一宇の精神を消してしまった。

アメリカは、初めから「人種のるつぼ」としてスタートした国であるが、国としてまとまるために、抽象的な「自由主義」と「民主主義」の「旗」を掲げ、アメリカを統一してきた。そして1930年代に「アメリカンドリーム」という旗を作り、国を統一しようとした。しかしアメリカDeep Stateは、この30年間、アメリカを内部分裂させて、アメリカ文化を壊してしまい、アメリカ社会を大混乱させている。

つまり世界の多くの国はそれぞれ独自の歴史、風土、文化、魂があるのである。しかしDeep Stateは世界の国々の文化、歴史を破壊してきた。ハンチントンは国際政治では「淘汰力」が働き、衝突が起き、戦争が起きると言った。Deep Stateはハンチントンの言ったことを実行しているのである。
16世紀から18世紀、フランスの皇帝による階級社会では「アリストクラシ―」(中間管理者)と国民がいた。アリストクラシーは中小領主、ナイト、僧侶という賢人が任命された。アリストクラシーは、皇帝の不当な支配を許さず、皇帝の悪政を拒否した。フランス革命以前では皇帝は少数派の人の意見をよく聞いていたと言う。
フランス革命後にフランスでは民主主義という思想が表に出てきた。しかしトクヴィルは「民主主義は多数決で少数者の意見を無視した。民主主義は世論を重んじ、人間の知的思考力をなくす。つまりより良い政治への思考をなくす。民主主義は嫉妬による抑圧政治になる」と言った。民主主義政治は、フランス革命前に存在した「中間的管理者」を排除した。抑圧政治で民衆を黙らせ、「国民を守る」という言葉で新しい奴隷制度をつくることになった。

現在のアメリカ、フランス、ドイツ、日本には「言論の自由」はない。それは世界を支配するグループDeep Stateがメディアを押さえて言論統制をしているからである。Deep Stateは司法省を乗っ取り、選挙制度を不正で歪めている。かつては大衆の考えが真理であったが、今はそうではなくなった。隷属型の平等になり、新しい奴隷制度にしている。

トクヴィルは1840年にアメリカの未来を予測し、「アメリカやヨーロッパは福祉社会主義になるだろう」と言った。「福祉社会」は行き過ぎると、国民の尊厳をなくし、国民を幼児の状態にして、奴隷にしてしまう。そして福祉社会は行き過ぎると専制社会になる。今日の日本はそうなっている。社会保障費が高すぎる。しかもそれを国民に払わせている。ローマのパンとサーカス政策より悪い。独創力のある人は今の社会では生きていけない。今日の社会は国民に自分の考えを持たせないようにする。

ピーター・ドラッカーは、1939年に『経済人の終わり』という著作を世に出した。「民主主義制度」と「資本主義経済社会制度」は、放っておくとすぐ壊れてしまう。民主主義はすぐ多数派が支配して、全体主義に変わり、資本主義経済制度は、放っておくと過剰生産と所得格差と国民の貧困・失業をもたらし、資本主義経済社会を倒そうとするものが出てくるとドラッカーは述べた。今日のアメリカ、ドイツ、フランス、日本を見ればそれがわかる。民主主義、資本主義経済は相対的なもので、人間が手を抜くと、すぐ壊れてしまうものであり、人間が常に手を入れて、補修し、矯正し、大衆国民にとって望ましいものにするためにメンテナンスが必要であるとドラッカーは述べている。ドラッカーは1930年代のヨーロッパ社会とドイツのナチス現象を見て、このように結論付けたのである。そしてドラッカーは「マネジメント」という概念に到達した。マネジメントは企業経営のためだけではなく、「経済社会」のマネジメントが必要だとした。資本主義経済システムの中には「利益・金の追求」という麻薬が入っており、「悪魔の石臼」という言葉で表現されている「商品化してはならないものを商品化しようとする力」が働いている。商品化してはならないものは「土地」、「人間」、「通貨」である。これを制御するのが国家の仕事であるが、利益・金が国家の制御をはねのける。そのために過剰生産、大恐慌、所得格差、大衆の貧困が起こる。ドラッカーは「自由主義」では駄目で、資本主義経済システムを人間がマネージする必要があるとした。民主主義も人間が常にマネージし続けなければならないとドラッカーは言った。
ドラッカーは、「われわれは民主主義をうまくマネージし、資本主義経済を失敗させないようにマネージすることができる」と言った。その理由として、日本がマネジメント力をもって、明治維新の改革により富国強兵政策で経済を成長させ、アメリカ、イギリスという列強国に並ぶような強国に日本がなったことを証拠として挙げている。ドラッカーは、日本が第二次世界大戦で敗れた廃墟の中から立ち上がり、1970年代の奇跡的な経済成長を遂げ、日本が民主的な社会になったことを後で称賛している。しかし日本経済の1990年以降の失われた30年については、ドラッカーは見ていない。

バイデン大統領と岸田首相は、2023年4月の「民主主義サミット」で、ロシアは権威主義の国で、中国は共産主義の国で、我々民主主義の国はロシアと中国を封じ込めなければならないと言っていたが、「どの国の体制がその国民を精神的、物質的に豊かにしているのか」という視角でみると、むしろアメリカや日本の方が悪いのかもしれない。ドラッカーの言うように、民主主義にはいろいろの違った内容があり、単純に「民主主義」というレッテルを貼ることはできない。
「民主主義サミット」の共同宣言として「民主主義諸国はかつてないほど結束してロシアの残忍な戦いを非難し、民主主義を守ろうとするウクライナを支援している」と言ったが、この共同宣言に署名したのはアメリカ、日本、カナダ、イギリス、フランス、ドイツのみで、グローバルサウスを含めた他の国は署名を保留するか、署名を拒否した。貿易に占める民主主義国の比率は1998年の74%から2022年には47%に低下している。

2024年5月13日  三輪晴治