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アップルの中庭で #1

30歳、アロマンティックの女は社会に居場所なんかないわけ…?

仕事をして結婚して出産をする。そんな普通の女性として生きられない私は、女として失格なのか。
歳を重ねるごとに、気持ちが重くなっていく。

もしかしたら違うかもって
自問自答は何千回何万回と繰り返した。
もう透明人間になりたい、できるだけ悪目立ちしないようにって日々過ごしてる。
でもたまに思う。
わたしはここにいるんだって。
大声で叫びたくなる。

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「仕事に生きよう」と一緒に夢を語った同僚は
社内恋愛して結婚して出産して昨日会社を去っていった。
最近、中途採用で入って来た後輩は1か月で会社にこなくなった…。
やっと仕事が少しは楽になるかと思ったのに、
残された私のデスクには仕事が山積みだ。

涙がでそうになって、トイレに一時避難する。
むかいのデスクに座る同僚の男性に見られるのは嫌だった。
別になにがどうってわけじゃないんだけど、私だって社会戦士なんだって思うから、悔しいし恥ずかしい。
社員が飛ぶ(急に来なくなる)のも、定時で仕事が終わらないのもよくある話なんだから…。
よくあってたまるかって思うけど。
泣いたって何も解決しない。そんなのわかってる。
とはいえ涙が出るのは生理現象なんだよ。
トイレにかけこんで、蓋を下ろしたままの便器に座るとダムが決壊したみたいに涙があふれた。
こういうときは目をこするとあかくなるので、無心で涙が止まるまで垂れ流すしかない。

なんで私ばっかりこんな目にあうんだろうっていう悔しさと、
私なんかまずいことしちゃったのかなっていう自己嫌悪と、
逃げだすのも勇気いるんだよなっすごいなみんなっていう羨ましさで涙がでる。
いや、彼女は逃げ出したんじゃなくて結婚して子どもできたからやめたんだった。
いいな、正式な理由があってさ…。
やばい涙とまらん。

2つしかない女子トイレの個室の1個に籠り続けるのも気が引けて、非常階段に移動した。
「無事に出産したよ」と画像付きで連絡をもらったときは嬉しかった。
赤ちゃんは可愛い。
たとえ産まれたてでサルみたいな真っ赤な顔をしていても可愛いと思う。
でも私の子どもである必要はない、と思う。
あーしんど。わたしの人生ハードすぎんか。
こういうとき、恋人がいればハグして慰めてくれるのかな…。
想像して、ハグの先があるんだと思うと、ちょっとうえってなった。

最近、友達のご祝儀でお金がバンバン消えていく。
回収の予定はない、私はアロマンティックで恋愛は得意じゃないみたいだから。

友達のSNSには幸せそうな姿が写っている。
もちろん楽しいことだけじゃないのだってわかってる。
でも彼女たちを見てると恋愛や結婚っていいものなんだなって思う。
そういう友達に恵まれたことを誇りに思うけど、
恋愛できない私は女失格なのかって凹むことも多い。

友達からも両親からも「なんで恋愛しないの?」って聞かれるけど、私は恋愛できないんだってばって思う。
男の人には憧れとか、いい人だな、一緒に居たいな…とはいう気持ちはあるけど、性欲がわかないんだってば。
両想いになったが”先”がないって、そんなのに付き合わせるわけにもいかないから、
いい感じの雰囲気になって告白してくれても断るしかない。

彼氏持ちだけど結婚願望がない友達から「30歳までには結婚しなきゃいけないって同調圧力あるよね…」って言われたけど、
そういう次元の問題じゃないところで私はずっと悩んでるんだってば!
あなたたちと一緒にしないでって心の中で思った。
言えないけどさ。

しかも、30歳を過ぎたあたりから、女性は”女”から”おばさん”になる。
男たちの扱いががらっとかわるのがわかる。
ああ、私はもうすぐ女として無価値になる。
若いってだけでちやほやされる時代が終わる。
それが怖いから、20代後半は仕事に没頭してたところもある。
今度は若い子をちやほやするための比較要因になるんだ。
別にいいけどさ。
自分が新入社員のとき、30代40代の女性社員と比較されて、すごく気まずかった。
ああいうのって、どっちも気まずいんだよね。

私このままいくとそのうち職場のお局になって、定年まで勤め上げるのかな。
むりむりむり本当無理、精神的に耐えられない。
今でさえしんどいのに、これからどんどん少数派になるわけでしょ。
しかも私のアロマンティックの性質を説明して回るわけにもいかない。
私はきっと”どこかに問題があるから結婚できない人”という位置づけになるのだろう。
そんなの、絶対にしんどい…。でも転職したって結局一緒だろうしな…。

う、だめだそろそろ戻らないと…。
耳栓みたいに、涙にも蓋ができればいいのに…。
ちょっとは落ち着いてきたし、最低限の仕事を済ませて早めに帰ろう。
仕事は持ち帰ってやればいいや…。

非常階段を出て、職場という名の戦場へ向かう。

それからの日々は、答えの出ない悩みを吹っ切るために目の前の仕事にがむしゃらに打ち込んで現実逃避をして過ごしてたら…。
ある日突然、わたしの体はわたしの言うことを全く聞かなくなった。
朝目が覚めても起き上がれない。胸のところが痛苦しくて、呼吸ができてる?って感じ。
陸上で溺れるなんてマジかわたし。
なんだこれ。

その時の私は心だけじゃなく、体もボロボロだったようだ。
「そんなに生き急いでどうするの?」と主治医に言われて、1週間入院して点滴をして実家に帰ったら母に泣かれた。
「そんな仕事辞めなさい!家に帰ってきたらいいじゃないの…」という母、
だまって好物のチョコレートを買ってきてくれていた父、
お互い実家を出てるから、たまにしか顔を見せない弟が心配して戻ってきていて、
久方ぶりに家族そろって食卓についた。

とはいえ未婚の娘がいつまでも家にいるんじゃ近所の外聞も悪い。

その後、1か月の休養で思い知った。
衣食住って大事。あと睡眠。
私に全く足りてなかった要素だった。
着心地のいいもの、美味しいと思える食事(そもそもお腹がちゃんとすいてなかった)って本当に最高。
部屋は捨てそびれたゴミ袋だらけだったから住環境も最悪だった。
まあ、料理しないから生ごみはなかったので匂わなかったのが唯一の救いか。

仕事も変えなければと思った。
今の仕事は激務すぎるし、ストレスフルだし、時給換算したらわりに合ってない。
どうせわりに合わない仕事をしてるんなら今の仕事をやめて、わりに合わなくても好きなことを仕事にしたらいいかと、
フリーのイラストレーターになることにした。
学生時代から細々と続けていたこの副業を本業にして、私は食っていくんだ!と突然思い立ったわけ。

そして決めたことはもう一つあった。
出社せずに自宅で仕事をする、ということ。
出社するから、社会の常識とか、一般的なライフステージとかがまざまざ見せつけられるんだって気づいた。
居心地のいい場所に逃げ込んで生きていくのだって、悪いことじゃないはず。

この時の私はどうにでもなれの無双状態で、
他人の当たり前に振り回されるのはもう終わりだ!
好きなところで好きなように仕事をして自分らしく生きていく!
恋愛がどんなものなのかは、一生かけて答えを探せばよくね(つまりは現実逃避)!?
見つからなければそれはそれでいい!
長生きしたけど、見つからなかったわーっ!って1人で死のう。うん、それがいい。

そうして私は仕事をやめて、自宅兼仕事場を探した。
見つけたのは…ちょっと不思議な住人が住んでいる、中庭のあるアパルトマン『アップル』だった。
これは、そんな変てこな住人たちと、不恰好な私のなんともおかしな生活の物語。

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